・・・こへ……小路の奥の、森の覆った中から、葉をざわざわと鳴らすばかり、脊の高い、色の真白な、大柄な婦が、横町の湯の帰途と見える、……化粧道具と、手拭を絞ったのを手にして、陽気はこれだし、のぼせもした、……微酔もそのままで、ふらふらと花をみまわし・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ と微酔の目元を花やかに莞爾すると、「あら、お嬢様。」「可厭ですよ。」 と仰山に二人が怯えた。女弟子の驚いたのなぞは構わないが、読者を怯しては不可い。滝壷へ投沈めた同じ白金の釵が、その日のうちに再び紫玉の黒髪に戻った仔細を言・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・が、気疾に頸からさきへ突込む目に、何と、閨の枕に小ざかもり、媚薬を髣髴とさせた道具が並んで、生白けた雪次郎が、しまの広袖で、微酔で、夜具に凭れていたろうではないか。 正の肌身はそこで藻抜けて、ここに空蝉の立つようなお澄は、呼吸も黒くなる・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ などと申しまする時分には、小宮山も微酔機嫌、向うについておりますのは、目指すお雪ではなくて、初霜とや謂わむ。薄く塗った感心に襟脚の太くない、二十歳ばかりの、愛嬌たっぷりの女で、二つ三つは行ける口、四方山の話も機む処から、小宮山も興に入・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・が、議論はともあれ、初めは微酔気味であったのが段々真剣になって低い沈んだ調子でポツリポツリと話すのが淋しい秋の寂寞に浸み入るような気がして、内心承服出来ない言葉の一つ一つをシンミリと味わせられた。「その女をどうしようッてのだい?」「・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・間の宿とまでもいい難きところなれど、幸にして高からねど楼あり涼風を領すべく、美からねど酒あり微酔を買うべきに、まして膳の上には荒川の鮎を得たれば、小酌に疲れを休めて快く眠る。夜半の頃おい神鳴り雨過ぎて枕に通う風も涼しきに、家居続ける東京なら・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・軽く興奮してほてる顔をさらに強い西日が照りつけて、ちょうど酒にでも微酔したような心持ちで、そしてからだが珍しく軽快で腹がいいぐあいにへっていた。 停車場まで来ると汽車はいま出たばかりで、次の田端止まりまでは一時間も待たなければならなかっ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・印甸人の神経は浅酌微酔の文明的訓練なきがためである。修養されたる感覚の快楽を知らざる原始的健全なる某帝国の社会においては、婦人の裸体画を以て直に国民の風俗を壊乱するものと認めた。南阿弗利加の黒奴は獣の如く口を開いて哄笑する事を知っているが、・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫