・・・ 二十五名の侵略戦争謀議者たちが、その心境を書いたという色紙の文句が新聞につたえられた。「公明日月の如し」とか、「我が身命を愛さず唯惜しむ無上道」とか、「得意淡然失意泰然」とかいう辞句は時利あらず、いかような羽目にたちいたろうともわがこ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・彼には、堪える丈堪えたのだと云う自己に対する承認とともに万事を放擲した心境が、一種の感傷癖でなつかしく思われたのだろう。 又、彼のすばしこさで、この事件に対する世人の good will も分ったに違いない。彼の、「自分の決心は定って居・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・小説というものの真髄は昔っから型にはまった所謂小説らしさにあるのではないことは自明であるし、狭い好みでの心境描写にないことも今日では明かと思う。しかしながら、昔の言いかたでの小説ではなくても、それが芸術作品であり文学であり得るためには、やは・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・と題してきり出された勇ましいその評論も、すえは何となししんみりして、最後のくだり一転は筆者がひとしおいとしく思っている心境小説の作家尾崎一雄を、ひいきしている故にたしなめるという前おきできめつける、歌舞伎ごのみの思い入れにおわった。ジャーナ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・だから、幸福とはどういうものかという問いに答える人々の言葉は実に区々で、ある人は幸福とは各人の主観でだけ感じられる一つの心境であるというし、他のある人は、最低限の衣食が足っていれば幸福であるとし、第三のひとは、健康こそ幸福であるというであろ・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・それは彼が常にその完全な生活の感覚化から、他の何者よりもより高き生活を憧憬してやまなかった心境から現れたものに他ならない。感覚触発の対象 未来派、立体派、表現派、ダダイズム、象徴派、構成派、如実派のある一部、これらは総て自分・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ 彼は、妻の、その天晴れ美事な心境に、呆然としてしまった。彼はもう涙が出なかった。「さようなら。」と暫くして妻はいった。「うむ、さようなら。」と彼は答えた。「キーボ、キーボ。」と母は呼んだ。 しかし、彼女はもう答えなかっ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 特に私は今、千数百年以前の我々の祖先の心境を心中に描きつつ、この問題を考察するのである。 まず私は、人間の心のあらゆる領域、すなわち科学、芸術、宗教、道徳その他医療や生活方法の便宜などへの関心等によって代表せられる人間の生のあ・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・彼らは多くの心境を理解し得ないがゆえに、排斥する。しかし理解すればとても頭があがらなくなるようなものを、不理解のゆえに排斥するのは、彼ら自身にとってもむしろ悲惨ではないか。私は思いついたままにドストイェフスキイの例を引こう。この作家が人間の・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・漱石の心境はもはや同じところに留まっていたのではない。しかし漱石の家庭生活がその心境と同じように一歩高いところへ開けて行っていたかどうかは疑わしい。夫人が素直に漱石について歩いていれば、あるいは漱石がその精力を家庭の方へ傾けていれば、たぶん・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫