・・・堂々たる飾窓のなかにある女の身のまわり品の染直しものだの、そういう情景には何か人の心情を優しくしないものがある。若い女のひとたちも日夜そういうものを目撃し、その気風にふれ、しかもその荒っぽさに心づかなくなって来るようなことがあれば、どこから・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・それらの運動は単純に家長的な立場から見られている女らしさの定義に反対するというだけではなくて、本当の女の心情の発育、表現、向上の欲求をも伴い、その可能を社会生活の条件のうちに増して行こうとするものであった。社会形成の推移の過程にあらわれて来・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・をよむと、誤りをみとめつつ、なお林房雄などの卑劣さに対する本質的ないきどおりをしずめかねて、うたれつつたたかれつつ、なお自分の発言した心情の地点を譲歩しようとしていないわたしの姿が浮んでいる。 当時の運動の困難な状態が、運動に熟達してい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・彼は物的価値以外を知らないためにすべてをこの価値によって律しようとし、最も厳粛な生の問題をさえもそういう心情の方へ押しつけて行きました。そういう罪過はいろいろな形で彼に報いに来ました。がしかし、彼はその苦悩の真の原因を悟る事ができないのでし・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・洋画家が日本画家のような大きな画題を捕えないのは、一つには目前に在るものの美しさに徹するということが、十分彼らの心情を充たすに足る大事業であるためであり、二つには目前の自然をさえ十分にコナし得ないものが、歴史的な、あるいは超自然的な形象を描・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・それらは、そういう寺社を教養の中心としていた民衆の心情を、最も直接に反映したものとして取り扱ってよいであろう。民俗学者が問題としているような民間の説話で、ただこの時代の物語にのみ姿を見せているもののあることを考えると、この時代の物語の民衆性・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・「貴い心情」はかくして得られるのです。全的に生きる生活の力強さはそこから生まれるのです。それは自分をある道徳、ある思想によって縛ることではありません。むしろ自分の内のすべてを流動させ、燃え上がらせ、大きい生の交響楽を響き出させる素地をつくる・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・ そこでキリスト教的心情の強く現われた芸術が、この時代の心から生まれて来るだろうと考えられる。十九世紀にはやった物質的な社会主義の代わりに、キリスト教的平民主義が力を得、トルストイやドストイェフスキイの蒔いて行った種が勢いよく育って行く・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・それとともに現在の社会組織や教育などというものが、知らず知らずの間にどれだけ人と人との間を距てているかということにも気づきました。心情さえ謙遜になっていれば、形は必ずしも問うに及ばぬと考えていた彼は、ここで形の意味をしみじみと感じました。・・・ 和辻哲郎 「土下座」
・・・先生の重んずるのはただ道徳的心情である。形式習慣にむやみと反抗するのではなく、ただ道徳的心情よりいでてのみ動こうとしたのである。これを奇行と呼び偏屈と嘲るのは、世間の道義的水準の低さを思わせるばかりで、世間の名誉にはならない。 先生の博・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫