・・・ これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来、酒を飲み宴を開くの風を生じ(元来飲酒会宴の事は下士に多くして、上士は都て質朴、殊に徳川の末年、諸侯の妻子を放解して国邑に帰えすの令を出し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・わぬものなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会の一人となり、戸外公共の事務を取扱うの身分となれば、生来の習慣忽ち活動し、公は以て私を束縛すべきものなりとて憚る所なきは必然の勢いならずや。 今の政談家は今・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・それで僕はこんなむつかしい事は知らぬが、この宇宙間には原因結果の関係という必然の真理があって、宇宙のものすべて固よりわれわれ人間までも、この真理に支配せられているように思うだけのことである。それも理窟詰に押詰められたならば、固よりその極端に・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・からのち、益々解放運動とその文学運動の中心課題にてい身してゆくにつれ、論策も主としてプロレタリア文化・文学運動の基本的方向の提示とその科学的な方法論にうつって行ったことは現実と実感の必然であった。 短い月日の間に、はげしく推移する情勢に・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・けれども、じっと見るとどんな熱情的な恋愛をしている人でも、人間として他方面の必然な生活条件は満しています。生活の大河は、その火花のような恋、焔のような愛を包括して怠みなく静かに流れて行く。確かに重大な、人間の霊肉を根本から震盪するものではあ・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・その上余り頻りに往来した挙句に、必然起る厭倦の情も交って来る。そこで毎日来た君が一日隔てて来るようになる。二日を隔てて来るようになる。譬えて言えば、二人は最初遠く離れた並行線のように生活していたのに、一時その距離が逼り近づいて来て、今又近く・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・それだから私の訳文はその場合のほとんど必然なる結果として生じて来たものである。どうにもいたしかたが無いのである。 世間では私の訳を現代語訳だと云っている。しかし私は着意して現代語にしようとするのでは無い。自然に現代語となるのである。世間・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・ただそれのみの完成にても芸術上に於ける一大基礎概念の整頓であり、芸術上に於ける根本的革命の誕生報告となるのは必然なことである。だが、自分はここではその点に触れることは暗示にとどめ、新感覚の内容作用へ直接に飛び込む冒険を敢てしようとするのであ・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ しかし私は、人格の相違が誤解を必然ならしめる場合を少なからず経験する。それを解き得るものはただ大きい力と愛とである。私はそのためにはいまだあまりに弱い。私のなすべきことは、誤解を気にしないでただ力と愛とを強め育てる所にのみあるのだった・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・階級争闘が必然であるように見えるのは不忠な政治家や不忠な資本家などがいるからであって、すべての人が万民志を遂ぐることを理想とする忠良な臣民になりさえすれば、階級争闘などの必要はない。過激運動なども起こらなくなる。従って真に皇室を護衛すること・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫