・・・このゆえに自分はひとり天主閣にとどまらず松江の市内に散在する多くの神社と梵刹とを愛するとともに(ことに月照寺における松平家の廟所新たな建築物の増加をもけっして忌憚しようとは思っていない。不幸にして自分は城山の公園に建てられた光栄ある興雲閣に・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・こは一般に老若が太く魔僧を忌憚かり、敬して遠ざからむと勤めしよりなり、誰か妖星の天に帰して、眼界を去らむことを望まざるべき。 ここに最もそのしからむことを望む者は、蝦蟇と、清川お通となり。いかんとなればあまたの人の嫌悪に堪えざる乞食僧の・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・文学として立派に職業たらしむるだけの報酬を文人に与え衣食に安心して其道に専らなるを得せしめ、文人をして社会の継子たるヒガミ根性を抱かしめず、堂々として其思想を忌憚なく発露するを得せしめて後初めて文学の発達を計る事が出来る。文人が社会を茶にし・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・『武道伝来記』に列挙された仇討物語のどれを見ても、マテリアリストの眼から見た武士気質の不合理と矛盾の忌憚なき描写と見られないものはない。『武家義理物語』の三の一に「すこしの鞘とがめなどいひつのり、無用の喧嘩を取むすび、或は相手を切りふせ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・而してその黙するや、これをいうを忘れたるに非ず、時あっていうときは、その言も亦適切にして、忌憚するところなきがゆえに、時としては俗耳を驚かすことなきに非ざれども、これはただ聴者不学の罪のみ。その適例は近きにあり。 近来世上に民権の議論し・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・男子社会の不品行にして忌憚するなきその有様は、火の方に燃ゆるが如し。徳教の急務は百事を抛ち先ずこの火を消すにあるのみ。婦人の地位を高尚にするの新案は、あたかも我が国未曾有の家屋を新築するものにして、我輩固より意見を同じうするのみならず、敢え・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・では、男に対する女の官能の面も鋭く忌憚なく描こうと試みられている。心が愛すばかりでなく女も男のように肉体で男に引かれるという点も作者は語ろうとしている。作者としては一歩踏み出した作家的境地においてこの決心をしているのである。だが残念なことに・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・けれども、社会悪は金銭的形態利害擁護の姿でだけ素朴にあらわれるものではないのである。忌憚なく云えば、石原氏がナチとソ連の科学政策をその現実の本質につき入って比較する力を欠いておられる事実なども、社会悪が最も複雑微妙な作用としてあらわれて来て・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ こういう芸術品ほか持得ない感銘の活々とした歓喜を以て、「助教授Bの幸福」「盧生の夢」等の御作を拝読しますと、私は種々の考えに打たれずにはいられなく成りました。 忌憚なく申せば、芸術品として「霊魂の赤ん坊」に及ぶものではございますま・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・ 日頃芝居のことについて不勉強である者が、遠慮のないもの言いをすることを恐縮に思いますが、以上のことは最近私の心に深く訴えとなってあるので忌憚ない披瀝をいたしました。〔一九三七年四月〕・・・ 宮本百合子 「一つの感想」
出典:青空文庫