・・・莫迦にしてやがると思って、私も忌々しいからムキになって怒るんだがね。」 悼ましい追憶に生きている爺さんの濁ったような目にはまだ興奮の色があった。「まるで活動写真みたようなお話ね。」上さんが、奥の間で、子供を寝かしつけていながら言い出・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・彼はすぐ怒るだけに又すぐに解ける。殊に瞽女のお石と馴染んでからはもうどんな時でもお石の噺が出れば相好を崩して畢う。大きな口が更に拡がって鉄漿をつけたような穢い歯がむき出して更に中症に罹った人のように頭を少し振りながら笑うのである。然し瞽女の・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・そうすると諸君は笑うだろうか、怒るだろうか。そこが問題なのである。と云うといかにも人を馬鹿にしたような申し分であるが、私は諸君が笑うか怒るかでこの事件を二様に解釈できると思う。まず私の考では相手が諸君のごとき日本人なら笑うだろうと思う。もっ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・又夫の教訓あらば其命に背く可らず、疑わしきことは夫に問うて其下知に従う可し、夫若し怒るときは恐れて之に従い、諍うて其心に逆う可らずと言う。夫の智徳円満にして教訓することならば固より之に従い、疑わしき事も質問す可きなれども、是等は元来人物の如・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・友達の前であろうが、知らぬ人の前であろうが、痛い時には、泣く、喚く、怒る、譫言をいう、人を怒りつける、大声あげてあんあんと泣く、したい放題のことをして最早遠慮も何もする余地がなくなって来た。サアこうなって見ると、我ながらあきれたもので、その・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 耕一はやっと怒るのをやめました。そこで又三郎は又お話をつづけました。「ね、その谷の上を行く人たちはね、みんな白いきものを着て一番はじめの人はたいまつを待っていただろう。僕すぐもう行って見たくて行って見たくて仕方なかったんだ。けれど・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ こう云うのも病気のため、ああ怒るのも痛みのため、お節の日々は、涙と歎息と、信心ばかりであった。 気の荒くなった栄蔵は、要領を得ない医者に口論を吹かける事がある。「一寸も分らん医者はんや、 私はもう貴方の世話んならんとえ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・今の予は何を言っても、文壇の地位を争うものでないから、誰も怒るものは無い。彼虚舟と同じである。さればと云って、読者がもし予を以て文壇に対して耳を掩い目を閉じているものとなしたならば、それは大に錯って居るのであろう。予は新聞雑誌も読む。新刊書・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ お霜は何ぜ勘次が怒るのか全く分らなかった。が、自分の吝嗇の一事として、曽て勘次を想わない念から出たことがあっただろうか? 彼女は追っ馳けていって自分の悩ましさを尽く勘次に投げかけてやりたくなった。すると涙が溢れて来た。十二・・・ 横光利一 「南北」
・・・迷う者を憐れみ、怒るものをいたわることすらもなし得ない。力の不足は愛の不足であった。我を張るのは自己を殺すことであった。自己を愛において完全に生かせるためには、私はまだまだ愛の悩み主我心の苦しみを――愛し得ざる悲しみを――感じていなくてはな・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫