・・・こういう男は随分世間にもあるもので、雅のようで俗で、俗のようで物好でもあって、愚のようで怜悧で、怜悧のようで畢竟は愚のようでもある。不才の才子である。この正賓はいつも廷珸と互に所有の骨董を取易えごとをしたり、売買の世話をしたりさせたりして、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・大内義弘亡滅の後は堺は細川の家領になったが、其の怜悧で、機変を能く伺うところの、冷酷険峻の、飯綱使い魔法使いと恐れられた細川政元が、其の頼み切った家臣の安富元家を此処の南の荘の奉行にしたが、政元の威権と元家の名誉とを以てしても、何様もいざこ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・しかし思いのほかに目鼻立の整った、そして怜悧だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆げてはいない、狡いか善良かどうかは分らないが、ただ無茶ではない、ということだけは読取れた。 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・少年は、嫂に怜悧に甘えて、むりやりシャツの襟を大きくしてもらって、嫂が笑うと本気に怒り、少年の美学が誰にも解せられぬことを涙が出るほど口惜しく思うのでした。「瀟洒、典雅。」少年の美学の一切は、それに尽きていました。いやいや、生きることのすべ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・女房コンスタンチェが決闘の前夜、冷たいピストルを抱いて寝て、さてその翌朝、いよいよ前代未聞の女の決闘が開始されるのでありますが、それについて原作者 EULENBERG が、れいの心憎いまでの怜悧無情の心で次のように述べてあります。これを少し・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ねえさん、ねえさんと怜悧に甘えていた、あの痩せぎすの高等学校の生徒であろうか。いやらしい、いやらしい。眼は黄色く濁って、髪は薄く、額は赤黒く野卑にでらでら油光りして、唇は、頬は、鼻は、――あによめは、あまりの恐怖に、わなわなふるえる。 ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・三十歳を越したばかりの小柄で怜悧な女主人が経営しているのだ。このひとは僕と路で行き逢っても、僕の顔を見ぬふりをする。挨拶を受けた相手の名誉を顧慮しているのである。土蔵の裏手、翼の骨骼のようにばさと葉をひろげているきたならしい樹木が五六ぽん見・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ なんのとがもないのに、わがいのちを断って見せるよりほかには意志表示の仕方を知らぬ怜悧なるがゆえに、慈愛ふかきがゆえに、一掬の清水ほど弱い、これら一むれの青年を、ふびんに思うよ。死ぬるがいいとすすめることは、断じて悪魔のささやきでないと、立・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・この母は、怜悧の小さい下婢にも似ている。清潔で、少し冷たい看護婦にも似ている。けれども、そんなんじゃない。軽々しく、形容してはいけない。看護婦だなんて、ばかばかしいことである。これは、やはり絶対に、触れてはならぬもののような気がする。誰にも・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・私は、下町の心に自然な暢やかさがない者達が、いじらしい程怜悧な犬をつかまえて、ちんちんしろだの、おあずけだの、おまわりだのさせて居るのを見ると、まるで心持がわるい。主人と犬との間にひとりでに生じる感情の疎通で、いつとなく互に要求が解るだけで・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
出典:青空文庫