・・・畢竟するに其気品高尚にして性慾以上に位するが故なりと言わざるを得ず。曾て東京に一士人あり、頗る西洋の文明を悦び、一切万事改進進歩を気取りながら、其実は支那台の西洋鍍金にして、殊に道徳の一段に至りては常に周公孔子を云々して、子女の教訓に小学又・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ○彼等の運命の裡に於て、長与氏は、性慾を極端にまで厭うべき文字で呼んで居る。「結婚した許りの夜と同じく獣の真似をして居た。」或は「獣的遊戯」と呼んで居る。然し、性慾は、或は夫婦間の交接と云う事は、左様云うような不正な、根本・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・ 黄銅時代の為に、 トルストイの性慾論中より、「愛する者とのみ結合しようとするのは――結婚に依ると依らざるの別なく、よし又詩的に小説的に理想化せられ得るとしても――多くの人々が立派なものと思って居る豊富な美食を求めよう・・・ 宮本百合子 「結婚に関し、レークジョージ、雑」
・・・それは男性なれば極端な性欲或いは愛の葛藤も書け、そしてそれが批判される場合も、女性によって書かれたもの程つまらない好奇心を起させますまい。勿論、芸術品に対してそんな下劣な観賞者の言葉を気にする必要はないわけですが、この懸念が実際に女の心の中・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・ 次に人の目に附いたのは、衝動生活、就中性欲方面の生活を書くことに骨が折ってある事であった。それも西洋の近頃の作品のように色彩の濃いものではない。言わば今まで遠慮し勝ちにしてあった物が、さほど遠慮せずに書いてあるという位に過ぎない。・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・君は衣食の闕乏を憂えない。君は性慾を制している。君は尋常の徼幸者とは違う。君はとにかくえらいと、私は思った。そこで初め君との間に保留して置いた距離が次第に短縮するのを、私は妨げようとはしなかった。私の鑑識は或は錯っていたかも知れない。しかし・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ 良い夢 夢は夢らしくない夢がよい。人生は夢らしくない。それがよい。 性欲の夢 トルストイがゴルキーに君はどんな恐ろしい夢を見たかと質問した。「長靴がひとり雪の中をごそごそと歩いていた。」とゴ・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・題材が恋愛、性欲等であり、その題材自身が不倫な恋や肉欲の興味をそそり得る場合には、確かに風俗壊乱という影響を公衆の或る者に及ぼし得る。だからこの種の影響をうける人間が多数に存在する以上、検閲官がその作品を禁止するのは当然である。がしかしそれ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・その彼らはまた処女の神聖を神にささげると称して神殿を婚姻の床に代用する。性欲の神秘を神に帰するがゆえに、また神殿は娼婦の家ともなる。パウロはそれを自分の眼で見た。そうして「いたく心を痛め」た。桂の愛らしい緑や微風にそよぐプラタアネの若葉に取・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・しかし彼らが社会の裏に住む無恥な女を描き、性慾の衝動に動く浮薄な男を描き、あるいは山国海辺、あるいは大都会小都会の風物情緒を描く時には、それがあらゆる階級の男女や東西南北の諸地方を材料とするにかかわらず、またそれぞれの境遇や土地をおのおのそ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫