・・・どうせ悪質な出版をする者はその時々の情勢によって猥褻にもなれば怪奇にもなるのであって、もしひっくるめてそれを取締る法律をつくれというのならば、法律の条文としては「公安を保つ」というような文句が使われやすい。ところが、この「公安」という字は、・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ただ、九州に来て、線の素直な、簡明な樹幹ばかり眺めていたところへ、いやに動物的にうねくって縺れ合った檳榔樹の体やばさばさふりかぶった葉を見、暗く怪奇な印象を与えられたのは面白い。なるほど、南洋土人が、この樹の下で踊るには、白く塗ったところへ・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・という怪奇なテーマをもつ記録文学がいくとおりか発表され、輿論の注目をひいたためであった。現地の軍当局の信じられないほどの無責任、病兵を餓死にゆだねて追放するおそろしい人命放棄についても記録されはじめた。大岡昇平氏の「俘虜記」そのほかの作品に・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・琴平の怪奇なようなぼっこり山の黒いかげの下の真暗な石段道も、そこが四国であれば珍らしく思えた。 石段の数が次第に多くなって黒いぼっこり山の頂近いところに、煌々と電燈を射出している一つの家が見えた。「一寸おどかそうかな」 若い人は・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・勿論、直接の感覚としては面白さを求めるとも見えるが、面白さの要素は心理的に綜合的なものであり、探偵小説、怪奇小説の類でさえ書かれている世界のリアリティーは、面白くない面白いを決定する重大な契機となっている。 面白さが読者大衆から要求され・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・現在行われている探偵小説、怪奇小説の類は退屈しているもの、毎日の生活感情に自主的弾力と方向とをもたないものが、面白がって熱中するのであろうと思う。この種の物語は最後に必ず解答が出て来るという厳然とした約束に立っている。しかもそこまでを、出来・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・「バルザックが、その怪奇癖と、衒学趣味と晦冥で誇張的なその文体とで、以上にのべた近代人の趣味が要求するものの猶上を行っていることは遺憾ながら私も認めざるを得ない。しかし、それは問題でない。バルザックの聴衆はそれ独特のものであり、そのものとし・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・が作家との間にもっている内在的関係も云わば複雑怪奇ならざるを得ない点もある。若しその内在的なものを肯定するとすれば、そのように人生的な意味では既に現代らしくディフォーメイションしたものとしてあらわれている「嫌な奴」の存在を、文学として、即ち・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
「『マクベス』はシェークスピアの最も大きな、そしてそれと共に最も怪奇な作品の一つである。この作では一方からは彼の創造的天才の巨大な力が全部反映し、他方からは彼が生活している世紀の野蛮さの全部が反映している」「シェークスピ・・・ 宮本百合子 「ベリンスキーの眼力」
・・・それについてまず第一にはっきりさせておきたいことは、この稚拙さが、原始芸術に特有なあの怪奇性と全く別なものだということである。わが国でそういう原始芸術に当たるものは、縄文土器やその時代の土偶などであって、そこには原始芸術としての不思議な力強・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫