・・・且また私の知っている限り、所謂超自然的現象には寸毫の信用も置いていない、教養に富んだ新思想家である、その田代君がこんな事を云い出す以上、まさかその妙な伝説と云うのも、荒唐無稽な怪談ではあるまい。――「ほんとうですか。」 私が再こう念・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・の話した、こういう怪談を覚えている。――ある日の午後、「てつ」は長火鉢に頬杖をつき、半睡半醒の境にさまよっていた。すると小さい火の玉が一つ、「てつ」の顔のまわりを飛びめぐり始めた。「てつ」ははっとして目を醒ました。火の玉はもちろんその時には・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ではマルセイユで見かけたのは、その赤帽かと思いもしたが、余り怪談じみているし、一つには名誉の遠征中も、細君の事ばかり思っているかと、嘲られそうな気がしたから、今日まではやはり黙っていた。が、今顔を出した赤帽を見たら、マルセイユのカッフェには・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
怪談の種類も色々あって、理由のある怪談と、理由のない怪談とに別けてみよう、理由のあるというのは、例えば、因縁談、怨霊などという方で。後のは、天狗、魔の仕業で、殆ど端睨すべからざるものを云う。これは北国辺に多くて、関東には少・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
近ごろ近ごろ、おもしろき書を読みたり。柳田国男氏の著、遠野物語なり。再読三読、なお飽くことを知らず。この書は、陸中国上閉伊郡に遠野郷とて、山深き幽僻地の、伝説異聞怪談を、土地の人の談話したるを、氏が筆にて活かし描けるなり。・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 一体、外套氏が、この際、いまの鹿落の白い手を言出したのは、決して怪談がかりに娘を怯かすつもりのものではなかった。近間ではあるし、ここを出たら、それこそ、ちちろ鳴く虫が糸を繰る音に紛れる、その椎樹――(釣瓶(小豆などいう怪ものは伝統・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ある夜お良は真蒼な顔で坂本の部屋から降りてきたので、どうしたのかときくと、坂本さんに怪談を聴かされたという。二十歳にもなってと登勢はわらったが、それから半年たった正月、奉行所の一行が坂本を襲うてきた気配を知ったとたん、裸かのまま浴室からぱっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 天主台の上に出て、石垣の端から下をのぞいて行くうちに、北の最も高い角の真下に六蔵の死骸が落ちているのを発見しました。 怪談でも話すようですが、実際私は六蔵の帰りのあまりおそいと知ってからは、どうもこの高い石垣の上から六蔵の墜落して・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・夕飯後の茶の間に家のものが集まって、電燈の下で話し込む時が来ると、弟や妹の聞きたがる怪談なぞを始めて、夜のふけるのも知らずに、皆をこわがらせたり楽しませたりするのも次郎だ。そのかわり、いたずらもはげしい。私がよく次郎をしかったのは、この子を・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 怪談ヨロシ。アンマ。モシ、モシ。 マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。 路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原。 よく意味のわからぬことが、いろいろ書いてある。何かのメモのつもりであろうが、僕自身にも書いた動機が、よく・・・ 太宰治 「ア、秋」
出典:青空文庫