・・・健康なる青年にあってはその性慾の目ざめと同時に、その倫理的感覚が呼びさまされ、恋愛と正義とがひとつに融かされて要請されるものである。 さてかような倫理的要請は必ず倫理学という学に向かうとは限らない。一般に科学というものを知らなかった上古・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・されど、一面にはまた種保存の本能がある。恋愛である。生殖である。これがためには、ただちに自己を破壊しさってくやまない、かえりみないのも、また自然の傾向である。前者は利己主義となり、後者は博愛心となる。 この二者は、古来氷炭相容れざるもの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 成程人間、否な総ての生物には、自己保存の本能がある、栄養である、生活である、之に依れば人は何処までも死を避け死に抗するのが自然であるかのように見える、左れど一面には亦た種保存の本能がある、恋愛である、生殖である、之が為めには直ちに自己・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・彼は自分の恋愛をたんに情熱の高さばかりで肯定してゆく冒険ができなかった。彼にとって、そんな冒険はできない、というより、そんな「不道徳なこと」はできない、といった方がより当っている。そうだった。そしてその二つが同じように進んでいたとき、龍介は・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・処女の純潔を論じたり、その他恋愛観なぞを書き現わしたものにも、一面婦人のために書いているような趣きのあるのはその故である。その頃女学雑誌には星野天知君もかなり深く関係していた。巌本氏は清教徒的の見地から、文学を考えているような人だったから、・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・「わたくしの為には自分の恋愛が、丁度自分の身を包んでいる皮のようなものでございました。若しその皮の上に一寸した染が出来るとか、一寸した創が付くとかしますと、わたくしはどんなにしてでも、それを癒やしてしまわずには置かれませんでした。わたく・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・この男は、その学生時代、二、三の目立った事業を為した。恋愛と、酒と、それから或る種の政治運動。牢屋にいれられたこともあった。自殺を三度も企て、そうして三度とも失敗している。多人数の大家族の間に育った子供にありがちな、自分ひとりを余計者と思い・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ こう考えた末、ポルジイは今時の貴族の青年も、偉大なる恋愛のためには、いかなる犠牲をも辞せないと云うことを証明するに至った。ポルジイは始て思索を費した。大部の紀行類を読んだ。そして意気な女と遊ぶ夜を、寂しい我居間に閉じ籠っていて、書きも・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・中学時代のかれの初恋、つづいて起こった恋愛事件、それがのみ込めないので、長い間筆がとれなかった。 二年、三年は経過した。 この作は、『蒲団』などよりも以前に構想したものであるが、『生』を書いてしまい『妻』を書いてしまってもまだ筆をと・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・若い時、ああいうふうで、むやみに恋愛神聖論者を気どって、口ではきれいなことを言っていても、本能が承知しないから、ついみずから傷つけて快を取るというようなことになる。そしてそれが習慣になると、病的になって、本能の充分の働きをすることができなく・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫