・・・「いや、これは、とんだ御足労を願って恐縮でございますな。」 忠左衛門は、伝右衛門の姿を見ると、良雄に代って、微笑しながらこう云った。伝右衛門の素朴で、真率な性格は、お預けになって以来、夙に彼と彼等との間を、故旧のような温情でつないで・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・了哲はきれいに剃った頭を一つたたいて恐縮したような身ぶりをした。「手前が貰わざ、己が貰う。いいか、あとで羨しがるなよ。」 河内山はこう云って、煙管をはたきながら肩をゆすって、せせら笑った。 三 それ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・私こそいろいろ失礼な事を申し上げて、恐縮です。」「いやさっきの城山戦死説なぞは、なかなか傑作だった。君の卒業論文もああ云う調子なら面白いものが出来るでしょう。僕の方の大学にも、今年は一人維新史を専攻した学生がいる。――まあそんな事より、・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・が、いずれにも、しかも、中にも恐縮をしましたのは、汽車の厄に逢った一人として、駅員、殊に駅長さんの御立会になった事でありました。大正十年四月 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・「ああ、これ、紅い糸で縫えるものかな。」「あれ――おほほほ。」 私がのっそりと突立った裾へ、女の脊筋が絡ったようになって、右に左に、肩を曲ると、居勝手が悪く、白い指がちらちら乱れる。「恐縮です、何ともどうも。」「こう三人・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・と紫玉が鸚鵡を視る時、「歯くさが着いてはおりませぬか。恐縮や。……えひひ。」とニヤリとして、「ちゃっとお拭きなされませい。」これがために、紫玉は手を掛けた懐紙を、余儀なくちょっと逡巡った。 同時に、あらぬ方に蒼と面を背けた。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・横堀は蝨をわかせていそうだし、起せば家人が嫌がる前に横堀が恐縮するだろう。見栄坊の男だった。だからわざと起さず、紅茶を淹れ、今日搗いて来たばかしの正月の餅を、水屋から出して焜炉の上に乗せ乍ら、「どうしてた。大阪駅で寝ていたのか。浮浪者の・・・ 織田作之助 「世相」
・・・僕は――といえば、急に問題が卑小化して恐縮だが、キリスト教はまだつかめぬが、キリスト教の信者の言葉の空しさだけはつかんだと思っている。 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・すらすら彼は言葉が出て、種吉とお辰はすこぶる恐縮した。 母親の浴衣を借りて着替えると、蝶子の肚はきまった。いったん逐電したからにはおめおめ抱主のところへ帰れまい、同じく家へ足踏み出来ぬ柳吉と一緒に苦労する、「もう芸者を止めまっさ」との言・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度帰ることになって居るのですから、どうかこの十五日まで御猶予願いたいものですが、……」「出来ませんな、断じて出来るこっちゃありません!」 斯う呶鳴るように云った三・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫