・・・私はなんとなしにさびしい子供らの生活に一脈の新しい情味が通い始めたように思った。幼い二人の姉妹の間にはしばしば猫の争奪が起こった。「少しわたしに抱かせてもいいじゃないの」とか「ちっともわたしに抱かせないんだもの」とか言い争っているのが時々離・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・浄瑠璃を聞くような軟い情味が胸一ぱいに湧いて来て、二人とも言合したようにそのまま立留って、見る見る暗くなって行く川の流を眺めた。突然耳元ちかく女の声がしたので、その方を見ると、長命寺の門前にある掛茶屋のおかみさんが軒下の床几に置いた煙草盆な・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ 勿論、宗十郎の林之助も甚だカサカサで、情味もなければ消極的な臆病さも充分出ていず、頻りにスースー息を吸い込んでは空々しい言葉を並べたから、お絹も、あれでは悪たれるしか、仕方がなかったのだろう。 栄三郎の小女お君は、内気に真心をつく・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ましてや、微風のような異性の間の情味や生活の歓喜の一つの要素としての感覚・官能の解放は圧殺されていた。きょう私たちは人民が人民の主人となった解放のすがすがしさに、思わず邪魔な着物はぬぎすてて、風よふけ日よおどれと、裸身を衆目にさらしているの・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・ 積極的な方向をもつ主題なのであるから、作者がそれにふさわしい手法で、能動的に、しかもこくを失わず、複雑な竹造の内的活動と、妻ゆき子との交渉を、折々の情味ゆたかな具体性において引つかみ、押しすすめて行ったら、「風雲」は全く一つのつよくや・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
出典:青空文庫