・・・俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んでくる。 ――おまえは腋の下を拭いているね。冷汗が出るのか。それは俺も同・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・そのころにはもうあの北氷洋上の惨劇も子熊の記憶からはとうの昔に消えてしまっているであろう。 動物の目から見ればやはり人間は得手勝手なものに見えるであろう。氷海の無辜の住民たる白熊に対してはソビエト探険隊員は残虐なる暴君として血と生命との・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・当時マコーレーのクライヴ伝を講じていて、ブラックホールの惨劇が一同の記憶に新鮮であったのである。 酷寒の季節に酷暑に遭った例がある。高等学校時代のある冬休みに大牟田炭坑を見学に行った時のことである。冬服にメリヤスを重ね着した地上からの訪・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ 戦争の惨劇が頂点に達した時に突然笑いに襲われるという異常な現象もどこかで読んだ。 これらはむしろ狂に近い例かもしれないがしかしともかくもこんないろいろの事実を総合して考えると、一般に「笑い」という現象の機能や本質について何かしらあ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・一大惨劇は相尋いで起った。六 夜毎に月の出は遅くなった。太十は精神の疲労から其夜うとうととなった。悪戯な村の若い衆が四五人其頃の闇を幸に太十の西瓜を盗もうと謀った。太十の西瓜はこれまで一つも盗まれなかったのである。彼等の手筈・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・悲劇を惨劇に終らせぬ力を増すだろう。そのためにもと、あなたは、女に職業としてではなくても仕事があった方がよいとお考えになる。 家庭にいても何か一つ本気でやろうとする仕事をもっていれば、確に彼女は時間の上手なやりくりや家事の単純化を実行す・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・人間を殺すことを平気でやれるように、日夜教育し実践させた戦争の犯罪性が、まざまざと反映している上に、おどろくような権力への屈従癖が惨劇の発端をなしていることである。椎名町支店長は、痛恨をもって、自分が、怪人物の腕に巻いていた衛生局の腕章にけ・・・ 宮本百合子 「目をあいて見る」
・・・そして、一九四五年八月十五日無条件降伏を以てこの惨劇を終った。特に太平洋戦争が始まってから、我々日本の人民は、その戦争を大東亜戦争という名で呼ばされた。且つ「聖戦」と言い聞かされた。ところが敗戦してポツダム宣言を受諾した時、日本は連合諸国か・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫