・・・ これを聞いた、山崎、岩田、上木の三人は、また、愁眉をあつめて評議した。こうなっては、いよいよ上木の献策通り、真鍮の煙管を造らせるよりほかに、仕方がない。そこで、また、例の如く、命が住吉屋七兵衛へ下ろうとした――丁度、その時である。一人・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・宇左衛門は、始めて、愁眉を開く事が出来るような心もちがした。 しかし、彼の悦びは、その日一日だけも、続かなかった。夜になると間もなく、板倉佐渡守から急な使があって、早速来るようにと云う沙汰が、凶兆のように彼を脅したからである。夜陰に及ん・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むような、あんなふしをつけて大声で読みわめきつづけている一受験狂に、勉強やめよ、試験全廃だ、と教えてやったら、一瞬ぱっと愁眉をひらいた。うしろ姿のおせん様というあだ名の、セル着たる二十五歳・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・老人共は始終愁眉を開いた例が無い。其他種々の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなければならん。やった所で、どうせ足りッこは無い。 ジレンマ! ジレンマ! こいつでまた幾ら・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・翌日の十時頃に上陸の事にきまったので一同は愁眉を開いた。殊に荷物を皆持って上れという命令があったので多分放免になるのであろうと勇みに勇んで上陸した。湯に入って(自分は拭折詰の御馳走を喰うて、珍しく畳の上に寐て待って居ると午後三時頃に万歳万歳・・・ 正岡子規 「病」
出典:青空文庫