・・・それを云ったように誣いるのはいつもの川島の意地悪である。――こう思った彼は悲しさにも増した口惜しさに一ぱいになったまま、さらにまた震え泣きに泣きはじめた。しかしもう意気地のない彼には誰一人好意を示すものはいない。のみならず彼等は口々に川島の・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ という意地悪げな声がそこにいるすべての子供たちから一度に張り上げられた。しかもその糺問の声は調子づいてだんだん高められて、果ては何処からともなくそわそわと物音のする夕暮れの町の空気が、この癇高な叫び声で埋められてしまうほどになった。・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・こっちから何かいいかけても返事もしてやらないぞというような意地悪な顔をしています。おとうさんに、帽子が逃げ出して天に登って真黒なお月様になりましたといったところが、とても信じて下さりそうはありませんし、明日からは、帽子なしで学校にも通わなけ・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ 私の小屋と真向の……金持は焼けないね……しもた屋の後妻で、町中の意地悪が――今時はもう影もないが、――それその時飛んで来た、燕の羽の形に後を刎ねた、橋髷とかいうのを小さくのっけたのが、門の敷石に出て来て立って、おなじように箔屋の前を熟・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・母も意地悪く何とも言わない。僕は帰り早々民子のことを問うのが如何にも極り悪く、そのまま例の書室を片づけてここに落着いた。しかし日暮までには民子も帰ってくることと思いながら、おろおろして待って居る。皆が帰っていよいよ夕飯ということになっても民・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「かわいそうに、それをつれてゆくとか、ゆかぬとか意地悪をしてさ。」と、お姉さんは、涙ぐみました。「いえ、みんな小さいうちは、それで楽しいんです。大きくなると、わかってきます。」と、お母さんは、おっしゃいました。・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・坂田をいたわろうとする筆がかえってこれでもかこれでもかと坂田を苛めぬく結果となってしまったというのも、実は自虐の意地悪さであった。私は坂田の中に私を見ていたのである。もっとも坂田の修業振りや私生活が私のそれに似ているというのではない。いうな・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ マダムも海老原がいるので強いて引き止めはしなかったが、ただ一言、「阿呆? 意地悪!」 背中に聴いて「ダイス」を出ると暗かった。夜風がすっと胸に来て、にわかに夜の更けた感じだった。鈴の音が聴えるのはアイスクリーム屋だろうか夜泣きうど・・・ 織田作之助 「世相」
・・・勝子は婉曲に意地悪されているのだな。――そう思うのには、一つは勝子が我が儘で、よその子と遊ぶのにも決していい子にならないからでもあった。 それにしても勝子にはあの不公平がわからないのかな。いや、あれがわからないはずはない。むしろ勝子にと・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 誰か高慢チキな意地悪と喧嘩でもしたの。」「イイヤ。」「そんなら……」「うるさいね。」「だって……」「うるさいッ。」「オヤ、けんどんですネ、人が一生懸命になって訊いてるのに。何でそんなに沈んでいるのです?」「別に・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫