・・・一本の通路の、どっち側を歩くかということさえ歩く人間の気まかせにはさせられない歩行の間、特に独房にいるものは、自分の一歩、一歩を体じゅうで味い、歩くという珍しい大きい変化を神経の隅々にまで感受しようとする。本人たちが自覚しているよりも深いそ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・る人々が、そういうこまかい利害からは埒外にあって、しかも今日の世の中では文学の仕事にたずさわる者に対して高飛車な朗らかさと率直さを示し得る背景の前にいる人々を眺めたら、一応それらの面が強い刺激となって感受されるのだろう。それを、単純にいいと・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・あるままを素直に感受する敏感さと、驚きもよろこびも疑問をも活々と感じ得る慧智と、人間の文化の今日までの成果に立っての強靭なる判断力、推理力が、益々作家に必要な稟質となって来ている。このような点では、科学の発展のヒントをつかむ人間精神の活動の・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
・・・ すべてがどんな下ら事(までが渦巻いて心の前をあばれまわって悪い瓦斯の立ち舞う現在に芸術に入って居るものは心の眼を見ひらいて芸術の真の価値を知って真の高潔さを感受しなければなるまいと思う。 今の世の中はあんまり芸術が安っぽくだれにで・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・ゴーリキイは天成の素直さ、鋭い清廉な感受性によって、ここに生活を少しでもいい方に向けようと努力している一団の人々を発見したのであった。 然し、学生の討論や、退屈な経済学の本の講義はゴーリキイにどうしても馴染めない。まして、ゴーリキイを目・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・小林氏の感受した美が氏の描いた情趣と同一物であるならば、自分の言うごとき区別は立てられないかもしれない。が、事実問題として、ああいう美しさが六月の太陽に照らされたほの暑い農村の美しさのすべてであるとは言えないであろう。小林氏にしてもあれ以外・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・その貴さは溌剌たる感受性の新鮮さの内にあります。その包容力の漠然たる広さの内にあります。またその弾性のこだわりのないしなやかさの内にあります。それは青春期の肉体のみずみずしさとちょうど相応ずるものです。そうして年とともに自然に失われて、特殊・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・そうして充実した気持ちで生を感受し生を築かなくてはならない。生きている内に immortal な生をつかむために、そうしてできるならば「死」を凱旋であらしめるために。 ――私の心は何ゆえともなく奮い立った。運命の前に静かに頭を下げ得るた・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫