・・・ ニイチェを理解することは、何よりも先づ、彼の文学を「感情する」ことである。すべての詩の理解が、感情することの意味につきてるやうに、ニイチェの理解も、やはり感情することの外にはない。そして感情するためには、ニイチェの言葉の中から、すべて・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 彼の、先天的に鋭い理智と、感情とは、小僧っ子の事で一杯になっていた。 四十年間、絶えず彼を殴りつづけて来た官憲に対する復讐の方法は、彼には唯一つしかないと信じていた。そして、その唯一つの道を勇敢に突進した彼であった。 その戦術・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 兄公女公に敬礼を尽して舅姑の感情を傷わず、と睦じくして夫の兄嫂に厚くするは、家族親類に交わるの義務にして左もある可きことなれども、夫の兄と嫂とは元来骨肉の縁なきものなるに、之を自分の実の昆姉同様にせよとは請取り難し。一通り中好・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一は智識を以て理会する学問上の穿鑿、一は感情を以て感得する美術上の穿鑿是なり。 智識は素と感情の変形、俗に所謂智識感情とは、古参の感情新参の感情といえることなりなんぞと論じ出しては面倒臭く、結句迷惑の種を蒔くようなもの。そこで使いなれた・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ そこへまた他の一種の感情が作用する。それはやや高尚な感情で、自分の若かった昔の記念である。あの頃の事を思ってみれば、感情生活の本源まで溯って行く道がどんなにか平坦であっただろう。その恋しい昔の活きた証人ほど慕わしいものが世にあろうか。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・凡そ感情の暖かい潮流が其方の心に漲って、其方が大世界の不思議をふと我物と悟った時、其方の土塊から出来ている体が顫えた時には、わしの秘密の威力が其方の心の底に触れたのじゃ。主人。もう好い好い。解った。まだ胸は支えているが、兎に角お前を歓迎・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その抽んでたる所以は、他集の歌が豪も作者の感情を現し得ざるに反し、『万葉』の歌は善くこれを現したるにあり。他集が感情を現し得ざるは感情をありのままに写さざるがためにして、『万葉』がこれを現し得たるはこれをありのままに写したるがためなり。曙覧・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・本社のいちはやく探知するところによればツェ氏は数日前よりはりがねせい、ねずみとり氏と交際を結びおりしが一昨夜に至りて両氏の間に多少感情の衝突ありたるもののごとし。台所街四番地ネ氏の談によれば昨夜もツェ氏は、はりがねせい、ねずみとり氏を訪問し・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・愛という観念を、あっち側から扱う方法です。人間らしくないすべての事情、人間らしくないすべての理窟とすべての欺瞞を憎みます。愛という感情が真実わたしたちの心に働いているとき、どうして漫画のように肥った両手をあわせて膝をつき、存在しもしない何か・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・その尊敬の情は熱烈ではないが、澄み切った、純潔な感情なのだ。道徳だってそうだ。義務が事実として証拠立てられるものでないと云うことだけ分かって、怪物扱い、幽霊扱いにするイブセンの芝居なんぞを見る度に、僕は憤懣に堪えない。破壊は免るべからざる破・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫