・・・ ほこりっぽい、乾苦しい、塩っ辛い汗と涙の葬礼行列の場面が続いたあとでの、沛然として降り注ぐ果樹園の雨のラストシーンもまた実に心ゆくばかり美しいものである。しかしこのシーンは何を「意味する」か。観客はこのシーンからなんら論理的なる結論を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・引っくり返されたが最後もう永久に起き上がる事ができないので乾干しになるそうである。猛獣の争闘のように血を流し肉を破らないから一見残酷でないようでありむしろ滑稽のようにも見えるが、実は最も残忍な決闘である。精神的にこれとよく似た果たし合いは人・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・の仕事をもどかしがっているかのように、あらゆるものを乾枯させ粉砕せんとあせっている。 火鉢には一塊の炭が燃え尽して、柔らかい白い灰は上の藁灰の圧力にたえかねて音もせずに落ち込んでしまった。この時再び家を動かして過ぎ去る風の行えをガラス越・・・ 寺田寅彦 「凩」
・・・草のごとく人を薙ぎ、鶏のごとく人を潰し、乾鮭のごとく屍を積んだのはこの塔である。血塔と名をつけたのも無理はない。アーチの下に交番のような箱があって、その側らに甲形の帽子をつけた兵隊が銃を突いて立っている。すこぶる真面目な顔をしているが、早く・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・書中乾胡蝶からになる蝶には大和魂を招きよすべきすべもあらじかし 結句字余りのところ『万葉』を学びたれど勢抜けて一首を結ぶに力弱し。『万葉』の「うれむぞこれが生返るべき」などいえるに比すれば句勢に霄壌の差あり。・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・夕立や門脇殿の人だまり夕立や草葉をつかむむら雀 双林寺独吟千句夕立や筆も乾かず一千言 時鳥の句は芭蕉に多かれど、雄壮なるは時鳥声横ふや水の上 芭蕉の一句あるのみ。蕪村の句のうちには時鳥柩をつか・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・要するに吉田首相とその乾分は世界のブルジョア政治家も裏面でしかあらわさないような男としての醜態を参議院で演出してもう民自党に投票してくれないでもいいんだということを天下に声明しました。 男が酒をのんで女にからむということは恐らく日本にだ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・ すっと教室へ入って来て、生徒の一人である乾物屋の娘に何か書いたものを渡した。こちらからその光景を眺め、受持の先生も、家へかえれば主婦なのだからそのかんで、ハハア玉子のことでもたのんでいるな、と察した。乾物屋の娘はもとその先生に習った子・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾からびて沢山一ところに散らかっているのが砂の上に見えた。砂とコンクリートのぬくもり・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ それでどんな人間ができますか。乾干びた、人間知のない、かかしのような人間です。鼻先から出る道徳に塗り固められて何事も心臓でもって理解することができず、また何事も心臓から出て行為することのできない、死人のような人間です。ゲエテも言ったように・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫