・・・その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もある。 三階の旅館は日覆をいつの間にか外した。 遠い物干台の赤い張物板ももう見つからなくなった。 町の屋根からは・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・二人の後には物色する遑なきに、どやどやと、我勝ちに乱れ入りて、モードレッドを一人前に、ずらりと並ぶ、数は凡てにて十二人。何事かなくては叶わぬ。 モードレッドは、王に向って会釈せる頭を擡げて、そこ力のある声にていう。「罪あるを罰するは王者・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ あの痩せ衰え骸骨のようになったロシアの子供等が、往来に――恐らくこれも飢から――斃死した駄馬の周囲に蒼蠅のように群がって、我勝ちに屍肉を奪い合っている写真を見たら、恐らく一目で、反感の鬼や独善的な冷淡さは、影を潜めて仕舞うだろう。到底・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・たべさせようと思って、店先に一つしかないのを見れば、もう一人そこにいる母親がどんな切迫した必要から、やはりその一つのトマトを欲しく思っているかもしれないなどとは思いもせず、必要の人が多ければ多いほど、我勝ちと猛ってそのトマトを買ってしまうだ・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
出典:青空文庫