・・・ いまの私にとって、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戦地の人々も、おそらく同じ気持ちだと思います。叔母さんも、これからは買い溜などは、およしなさい。疑って失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。私たちは、信じているのです。一・・・ 太宰治 「私信」
・・・妻子がふびん、というよりは、私は日本国民として、私の自殺が外国の宣伝材料などになってはたまらぬ、また、戦地へ行っている私の若い友人たちが、私の自殺を聞いてどんな気がするか、それを考えて、こらえています。なぜ、自殺の他に途が無いか。それは、あ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・うんと固くしばってくれると、かえって有難いのだ。戦地で働いている兵隊さんたちの欲望は、たった一つ、それはぐっすり眠りたい欲望だけだ、と何かの本に書かれて在ったけれど、その兵隊さんの苦労をお気の毒に思う半面、私は、ずいぶんうらやましく思った。・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・いまの私にとって、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戦地の人々も、おそらくは同じ気持ちだと思います。叔母さんも、これからは買い溜などは、およしなさい。疑って失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。私たちは、信じているのです。一寸の・・・ 太宰治 「新郎」
・・・からだが治って、またこれから戦地へ行かなくちゃならんのかと思ったら、流石にどうも、いやだったが、終戦と聞いて実は、ほっとしたんだ。仲間とわかれる時には、大いに飲んだ。」「君がきょう帰るのを、君のうちでは知っているのか。」「知らないだ・・・ 太宰治 「雀」
・・・明日いよいよ戦地へ出発する事になった様子である。その速達が来てから、二時間も経たぬうちに、また妹から速達が来た。それには、「よく考えてみましたら、先刻のお願いは、蓮葉な事だと気が附きました。Tには何もおっしゃらなくてもいいのです。ただ、お見・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・しかし千人針にはそんな害毒を流す恐れは毛頭なさそうである。戦地の寒空の塹壕の中で生きる死ぬるの瀬戸際に立つ人にとっては、たった一片の布片とは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身に沁みない日本人はまず少ないであろう。どうせ死ぬにしてもこ・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・ たとえば満州における戦況の経過に関して軍務当局者の講演がある場合に、もし戦地における実際の音的シーンのレコードを適当に插入することができれば、聴衆の実感ははなはだしく強調されるであろう。また少し極端な例を仮想してみるとすれば、たとえば・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・「兵隊にいっていた息子さんは、幾歳で亡くしましたね。」上さんは高い声で訊いた。「忰ですかね。」爺さんは調子を少し落して俛いた。「二十三でしたよ。」「戦地でかね。」と主が訊ねた。「何に、戦地じゃねえがね。それでも戦地で・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「なにあとで戦地から手紙が来たのでその顛末が明瞭になった訳だが。――その鏡を先生常に懐中していてね」「うん」「ある朝例のごとくそれを取り出して何心なく見たんだそうだ。するとその鏡の奥に写ったのが――いつもの通り髭だらけな垢染みた・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫