・・・を書棚へ戻し、今度は殆ど手当り次第に厚い本を一冊引きずり出した。しかしこの本も挿し画の一枚に僕等人間と変りのない、目鼻のある歯車ばかり並べていた。(それは或独逸僕はいつか憂鬱の中に反抗的精神の起るのを感じ、やぶれかぶれになった賭博狂のように・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 鴎外の博覧強記は誰も知らぬものはないが、学術書だろうが、通俗書だろうが、手当り任せに極めて多方面に渉って集めもし読みもした。或る時尋ねると、極細い真書きで精々と写し物をしているので、何を写しているかと訊くと、その頃地学雑誌に連掲中・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・といった工合いに手当りしだいの感情を、われに益する云々てう句に填め込んでいってみても、さほど不体裁な言葉にならぬ。いっそ、「どんな感情でも、自分が可愛いからこそ起る。」と言ってしまっても、どこやら耳あたらしい一理窟として通る。献身とか謙譲と・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・猫さえ見れば手当たり次第にものを投げつけなければならない事のように思っていた。ある時いた下男などはたんねんに繩切れでわなを作って生けがきのぬけ穴に仕掛け、何匹かの野猫を絞殺したりした。甥のあるものは祖先伝来の槍をふり回して猫を突くと言って暗・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・預金封鎖の強化と失業におびやかされて、芝居ずきの人も手当りばったりに金を出さなくなったわけです。本やでも同じことが云われはじめました。本当にいい本必要な本しか売れにくくなったと。 ここに、生活の条件とぴったりあった人の考えかた、判断とい・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・けれども一九三〇年の春以来、ソヴェトの作家たちは、それを実現するにやや手当りばったりであった。 国立出版所で組織したウラル地方の重工業生産地への見学団、ソヴェト作家団体総連合主催の工場、集団農場への文学ウダールニク。いずれの場合でも、た・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・それを手当りばったりでなく、様々の点で順をふんで入れます。だからその順にあなたは注意をなすって下さい。よまない本があってもかまわないから。読んでしまって返す本はそちらで郵送宅下げの手続きをして下さると、一等便利でしょうと思います。これは三日・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・段々手当りばったりにいろんなものをよみはじめた。「平家物語」「方丈記」西鶴などを盛にうつしたり、口語訳にしたりして表紙をつけ手製本をつくった。与謝野晶子の「口語訳源氏物語」のまねをして「錦木」という長篇小説を書いた。森の魔女の話も書・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ 五つばかりの娘は手当りばったりにそれを下して来て、字は読めないから絵ばかりを一心にくって眺めた。『新小説』か何かの扉に、一つどう見てもそこに立っているのが何だか分らない妙な絵があった。そこはひろい池で、赤い夕陽がさしている。向うの・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・ ゴーリキイは子供の時分からその穢れた環境の中で、手当りばったりな乱れた男女関係を目撃して育たなければならなかったのであるが、それによって彼の性的生活に対する明るさ、健康さ、肉体的な一時的結合以上のものを求める欲望はゆがめられるどころか・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫