・・・一度その軍刀が赤くなった事もあるように思うがどうも手答えはしなかったらしい。その中に、ふりまわしている軍刀のつかが、だんだん脂汗でぬめって来る。そうしてそれにつれて、妙に口の中が渇いて来る。そこへほとんど、眼球がとび出しそうに眼を見開いた、・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ どッこいな、と腰を極めたが、ずッしりと手答えして、槻の大木根こそぎにしたほどな大い艪の奴、のッしりと掻いただがね。雨がしょぼしょぼと顱巻に染みるばかりで、空だか水だか分らねえ。はあ、昼間見る遠い処の山の上を、ふわふわと歩行くようで、底・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・それはいくら君という人を突ついてみても、揺ぶって叩いても、まるで活きて行けるものといった感じの手応えが全然ないのだからね。それは君もたしかに一個の存在には違いないだろう、しかし何という哀しい存在だ! そしてまた君は君一人の人ではないのだ、細・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・と言っても何の手応えもなく直ぐまた眼を閉じて仕舞います。漸々と出る息が長く引く息は短く、次第次第に呼吸の数も減って行きます。そして、最後に大きく一つ息を吐いたと思うと、それ切りバッタリと呼吸がとまって仕舞いました。時に三月二十四日午前二時。・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・と思って自分が神経質になることによって払った苦痛の犠牲が手応えもなくすっぽかされてしまったことに憤懣を感じないではいられなかった。しかし今自分は癇癪を立てることによって少しの得もすることはないと思うと、そのわけのわからない猫をあまり身動きも・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・が、三つの銀貨は雪の中にちっとも手答えらしい音をさせなかった。 そして今夜で三回だ、龍介はフトそう思うと、何んのためにこう来るか、自分の底に動いているある気持を感じて、ゾッとした。女は外へは出ていなかった。が、足音を聞くとすぐ出てきた。・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・「強くさし閃いているのを感じると、触覚ばかりを頼りに生きている生物の真実さが、何より有難いこの世の実物の手応えだと思われて、今さら子供の生れて来た秘密の奥も覗かれた気楽さに立ち戻り、又ごろりと手枕のまま横になった。」これが、高邁というポーズ・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫