・・・ある者は、宅の黒塀へ学生以上の手腕を揮って、如何わしい画と文句とを書きました。そうして更に大胆なるある者は、私の庭内へ忍びこんで、妻と私とが夕飯を認めている所を、窺いに参りました。閣下、これが人間らしい行でございましょうか。 私は閣下に・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・その猿をとうとう得心させたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇を使い使いわざと冷かにいい放した。「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ。」 欲の深い猿は円い眼・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・ 要するに、其の色を見せることは、其の人の腕によることで、恰も画家が色を出すのに、大なる手腕を要するが如しだ。 友染の長襦袢は、緋縮緬の長襦袢よりは、これを着て、其の色を発揮させるに於いて、確に容易である。即ち友染は色が混って居るが・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・…… この目覚しいのを見て、話の主人公となったのは、大学病院の内科に勤むる、学問と、手腕を世に知らるる、最近留学して帰朝した秦宗吉氏である。 辺幅を修めない、質素な人の、住居が芝の高輪にあるので、毎日病院へ通うのに、この院線を使って・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・この方面では二葉亭の手腕がまだ少しも認められないで政治家だとも実業家だとも誰にもいわれなかったゆえ、「我は政治家に非ず、実業家に非ず」と一度も言わなかったは、二葉亭は日本の政治家にも実業家にも慊らなかったのだ。朝日新聞記者として永眠して死後・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・露都へ行く前から露国の内政や社会の状勢については絶えず相応に研究して露国の暗流に良く通じていたが、露西亜の官民の断えざる衝突に対して当該政治家の手腕器度を称揚する事はあっても革命党に対してはトンと同感が稀く、渠らは空想にばかり俘われて夢遊病・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ロシアの女を引っかけるのに特別な手腕を持っている永井の声はいくらか笑を含んでいた。 栗本は、永井が銃をさし出した方を見た。 靄に蔽われて、丘の斜面に木造の農家が二軒おぼろげに見えた。「ここだ。ここがユフカだな。」 そう思った・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・当時の外国貿易に従事する者は、もとより市中の富有者でもあり、智識も手腕も有り、従って勢力も有り、又多少の武力――と云ってはおかしいが、子分子方、下人僮僕の手兵ようの者も有って、勢力を実現し得るのであった。それで其等の勢力が愛郷土的な市民に君・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・な憎悪感に就いては、原作者の芸術的手腕に感服させるよりは、直接に現実の生ぐさい迫力を感じさせるように出来ています。このような趣向が、果して芸術の正道であるか邪道であるか、それについてはおのずから種々の論議の発生すべきところでありますが、いま・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・外八文字も、狐も、あなたに対してはまるで処女の如くはにかみ、伏目になっていかにも嬉しそうにくすくす笑ったりなどするので、私は、あなたの手腕の程に、ひそかに敬服さえ致しました。やはり、あなたは都会の人で、そうして少し不良のお坊ちゃんの面影をど・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫