・・・ 私は本多子爵が、今でこそ交際嫌いで通っているが、その頃は洋行帰りの才子として、官界のみならず民間にも、しばしば声名を謳われたと云う噂の端も聞いていた。だから今、この人気の少い陳列室で、硝子戸棚の中にある当時の版画に囲まれながら、こう云・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・しかしその女と僕との関係は、君たちが想像しているような、ありふれた才子の情事ではない。こう云ったばかりでは何の事だか、勿論君にはのみこめないだろう。いや、のみこめないばかりなら好いが、あるいは万事が嘘のような疑いを抱きたくなるかも知れない。・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・「わたしは有島氏ほど才子ではない。しかし有島氏よりも世間を知っている。」「わたしは武者小路氏ほど……」――公衆は如何にこう云った後、豚のように幸福に熟睡したであろう。 又 天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・もっとも食足れば淫を思うのは、我々凡夫の慣いじゃから、乳糜を食われた世尊の前へ、三人の魔女を送ったのは、波旬も天っ晴見上げた才子じゃ。が、魔王の浅間しさには、その乳糜を献じたものが、女人じゃと云う事を忘れて居った。牧牛の女難陀婆羅、世尊に乳・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・それも一日毎に数が増して、半年ばかり経つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛なことは、中々口・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。 小町 あなたは鬼です。羅刹です。わたしが死ねば少将も死にます。少将の胤の子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。 破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明治戊辰の頃、杞憂道人鵜飼徹定の序文と共に、出版したものである。が、そのほかにも異本がない訳ではない。現に予が・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・――そこで、心得のある、ここの主人をはじめ、いつもころがり込んでいる、なかまが二人、一人は検定試験を十年来落第の中老の才子で、近頃はただ一攫千金の投機を狙っています。一人は、今は小使を志願しても間に合わない、慢性の政治狂と、三個を、紳士、旦・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・虚実は知らぬが、「十ウで神童、ハタチで才子、二十以上はタダの人というお約束通り、森の子も行末はタダの人サ、」と郷人の蔭口するのを洩れ聞いて発憤して益々力学したという説がある。左に右く天禀の才能に加えて力学衆に超え、早くから頭角を出した。万延・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・左に右く多くの二葉亭を知る人が会わない先きに風采閑雅な才子風の小説家型であると想像していたと反して、私は初めから爾うは思っていなかった。 秋の末に帰京すると、留守中の来訪者の名刺の中に意外にも長谷川辰之助の名を発見してあたかも酸を懐うて・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫