・・・ 渚はどこも見渡す限り、打ち上げられた海草のほかは白じらと日の光に煙っていた。そこにはただ雲の影の時々大走りに通るだけだった。僕等は敷島を啣えながら、しばらくは黙ってこう言う渚に寄せて来る浪を眺めていた。「君は教師の口はきまったのか・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・それは海そのものよりも僕等の足もとに打ち上げられた海艸や汐木の匂らしかった。僕はなぜかこの匂を鼻の外にも皮膚の上に感じた。 僕等は暫く浪打ち際に立ち、浪がしらの仄くのを眺めていた。海はどこを見てもまっ暗だった。僕は彼是十年前、上総の或海・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・「打上げ!」「流星!」 と花火に擬て、縦横や十文字。 いや、隙どころか、件の杢若をば侮って、その蜘蛛の巣の店を打った。 白玉の露はこれである。 その露の鏤むばかり、蜘蛛の囲に色籠めて、いで膚寒き夕となんぬ。山から颪す・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・人々荒跡を見廻るうち小舟一艘岩の上に打上げられてなかば砕けしまま残れるを見出しぬ。「誰の舟ぞ」問屋の主人らしき男問う。「源叔父の舟にまぎれなし」若者の一人答えぬ。人々顔見あわして言葉なし。「誰れにてもよし源叔父呼びきたらずや」・・・ 国木田独歩 「源おじ」
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、嘴の尖った頭を下へ向けて、動かずに何か物思に沈んだよう・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・あるいは花火のようなものに真綿の網のようなものを丸めて打ち上げ、それが空中でぱっとからすうりの花のように開いてふわりと敵機を包みながらプロペラにしっかりとからみつくというようなくふうはできないかとも考えてみる。蜘蛛のあんなに細い弱い糸の網で・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・あるいは花火のようなものに真綿の網のようなものを丸めて打ち上げ、それが空中でぱっと烏瓜の花のように開いてふわりと敵機を包みながらプロペラにしっかりとからみ付くというような工夫は出来ないかとも考えてみる。蜘蛛のあんなに細い弱い糸の網で大きな蝉・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 行ってみると、堀の真中に、かなり大きな船が一艘つなぎ留めてあって、そこが花火の打ち上げ場になっているのである。なるほど、こうして河の真中でやっていれば、いかに東京人でも、そうそう傍まで押しかけて覗きには行かれない訳である。これでないと・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 波が浜へ打ち上げてから次の波が来るまでの時間は時によっていろいろですが、私が相州の海岸で計ったのでは、波の弱い時で四五秒ぐらい、大波の時で十四五秒ぐらいでした。とにかく、波の高い時ほどこの時間が長くなります。 遠浅の浜べで潮の引い・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・ 波に打上げられた海月魚が、硝子が熔けたように砂のうえに死んでいた。その下等動物を、私は初めて見た。その中には二三疋の小魚を食っているのもあった。「そら叔父さん綸が……」雪江は私に注意した。釣をする人たちによって置かれた綸であった。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫