・・・見ているうちに小舟が一艘、磯を離れたと思うと、舟から一発打ち出す銃音に、游いでいた者が見えなくなった。しばらくして小舟が磯に還った。『今のは太そうな奴だな、フン、うまいうまい。』叔父さん独語を言って上機嫌である。『徳さん、腹が減った・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・氷花のついた窓硝子にまっ青な月の光が一面にさし、夜中十二時になると打ち出すクレムリ時計台のインタナショナルの音が厳寒をふるわして室内にまで響いて来た。前の屋上の天井はその頃何年か硝子がこわれたまんまで鉄骨が黒く月の明るみに出ていた。モスクワ・・・ 宮本百合子 「坂」
・・・城から打ち出す鉄砲が烈しいので、島が数馬の着ていた猩々緋の陣羽織の裾をつかんであとへ引いた。数馬は振り切って城の石垣に攀じ登る。島も是非なくついて登る。とうとう城内にはいって働いて、数馬は手を負った。同じ場所から攻め入った柳川の立花飛騨守宗・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫