・・・何でも無遠慮に、――いや、彼も亦我我のように多少の打算はしていたであろう。 又 ストリントベリイは「伝説」の中に死は苦痛か否かと云う実験をしたことを語っている。しかしこう云う実験は遊戯的に出来るものではない。彼も亦「死に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・利害の打算から云えば、林右衛門のとった策は、唯一の、そうしてまた、最も賢明なものに相違ない。自分も、それは認めている。その癖、それが、自分には、どうしても実行する事が出来ないのである。 遠くで稲妻のする空の下を、修理の屋敷へ帰りながら、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・賞与を打算に加えた上、捉うべき盗人を逸したのである。しかし――保吉は巻煙草をとり出しながら、出来るだけ快活に頷いて見せた。「なるほどそれじゃ莫迦莫迦しい。危険を冒すだけ損の訣ですね。」 大浦は「はあ」とか何とか云った。その癖変に浮か・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・何処までも謹恪で細心な、そのくせ商売人らしい打算に疎い父の性格が、あまりに痛々しく生粋の商人の前にさらけ出されようとするのが剣呑にも気の毒にも思われた。 しかし父はその持ち前の熱心と粘り気とを武器にしてひた押しに押して行った。さすがに商・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そのお母さんが、もし子供の人格を重んぜず、打算的に自分の都合だけしか考えなかったら、果して、どうであろうか。お母さんは、どの意味からいっても子供にとっての太陽であります。 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・利他は利己の打算的手段として起こったもので、畢竟賢き利己であるという説はこれで破られる。しかし利他の動機は確かに利己から独立に存在しても、利己と利他とが矛盾するときいずれをさきに、いかなる条件にしたがって満足せしむべきかの問題は依然として残・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・これは一方が打算から身を守るというようなことでなく、相互にそうしなければ恋愛の自覚上気がすまない。これが本当の慎しみというものだ。 学生は大体に見て二十五歳以下の青年である。二十五歳までに青年がその童貞を保持するに耐えないという理拠があ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・吝嗇。打算。相手かまわぬ媚態。ばかな自惚れ。その他、女性のあらゆる悪徳を心得ているつもりでいたのであります。女で無ければわからぬ気持、そんなものは在り得ない。ばかばかしい。女は、決して神秘でない。ちゃんとわかっている。あれだ。猫だ。と此の芸・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・これはたいへん立派な言葉のように聞えますが、実は狡猾な醜悪な打算に満ち満ちている遁辞です。君はいったい、いまさら自分が誠実な人間になれると思っているのですか。誠実な人間とは、どんな人間だか知っていますか。おのれを愛するが如く他の者を愛する事・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫