・・・ 去年の暮には、東京の某病院の医員だという読者から次のような抗議が来た。「然る処続冬彦集六八頁第二行に、『速度の速い云々』と有之り之は素人なら知らぬ事物理学者として云ふべからざる過誤と存じ候、次の版に於ては必ず御訂正あり度し 失・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・という読本のいちばん初めの二三行を教わったが、父から抗議が出てやめてしまった。英語がまだ初歩なのに仏語をちゃんぽんに教わっては不利益だという理由であったが、実際はその教師となるべき青年が近隣で不良の二字をかぶらせた青年であるがためだというこ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・かりにあるとしたところで両方の権利が共立しない時に強いほうの動物が弱いほうをひどい目にあわせるのは天然自然の事実であっていかなる学者の抗議もなんの役にも立たないようである。 科学の応用が尊重される今日に、天井や押し入れの内にねずみのはい・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・の捷径はこれに限るよと降参人と見てとっていやに軽蔑した文句を並べる、不肖なりといえども軽少ながら鼻下に髯を蓄えたる男子に女の自転車で稽古をしろとは情ない、まあ落ちても善いから当り前の奴でやってみようと抗議を申し込む、もし採用されなかったら丈・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 片岡氏は、当時のブルジョア道徳が逆宣伝的に、階級闘争に従う前衛のはなはだしく困難な生活の中に、不可避的に起ったさまざまの恋愛錯雑を嘲笑したのに対し、抗議としてこの小説を書かれた。そのことは、同じ小説の中の文句でもはっきり宣言せられてい・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・そして、最もおどろくべきことは、政治の面で、内閣のからやくそくとすっぽかしに対して、わたしたちの抗議がどんな形で示されているかまるで知らないことです。婦人労働者が平等の賃銀と母性保護を求め、女子学生が文部省のひどい月謝値上げに反対していて、・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・つまり、ファシズムに抗議するストライキ、ファシズムに抗議するデモンストレーション、ファシズムに抗議する声明書、それらの集団的な抵抗の裏づけとして本当に一人一人が、自分の生活態度の全面でどんな抗議を行っているか、それを明瞭に意識において見なけ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・という私の文章のなかで割合くわしくふれているけれども、中野と私とは内務省へ行ってそういう理由のはっきりしない執筆禁止について抗議した。それから、私は、当時、保護観察所と云って、治安維持法にふれたことのある人々を、四六時中つけまわして思想的生・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・文芸家協会として、まとまった有効な抗議もされなかった。日本の文化は、もうすでに文化を守る生活力を失っていたのであった。 一九三三年の春、プロレタリア文化団体が壊滅させられた後、ファシズムに抗する人民戦線の問題、文学における能動精神がフラ・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・という運命への反撥心は、要するに事実において自己の性格に対する抗議である。しかもそれは無意識的なるゆえに、自己そのものを責めることをせずしてむしろ漠然とある「不運」というごときものを呪う気持ちになる。ここに迷妄と怯懦とのひそむことを忘れては・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫