・・・ しかしポルジイにはそれが面白くなくなって来た。折角の話を半分しか聞かないことがある。自分の行きたくて行かれない処の話を、人伝に聞いては満足が出来なくたった。あらゆる面白い事のあるウィインは鼻の先きにある。それを行って見ずに、ぐずぐずし・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 奥さんは菜園のなかを、こごんで折れてしまった茄子をかぞえてあるきながら、「ほんとに九本も、折っちまったじゃないか、折角旦那様が丹精なすってるのに」「……………」 私は何度も「すみません」とお辞儀したが、それより他に言葉もめ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・わたくしは折角西瓜を人から饋られて、何故こまったかを語るべきはずであったのだ。わたくしが口にすることを好まなければ、下女に与えてもよいはずである。然るにわたくしの家には、折々下女さえいない時がある。下女がいなければ、隣家へ饋ればよいという人・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・しかし折角の催しで人数も十二人だけだからといって、漸くイブセンを説き伏せた。面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で、帝国ホテル見たようなところで開くということになり、それでいよいよ当日になって丁度宜い時刻になったから、ブランデスはイブセ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・もしもこの『養生訓』、『女大学』をして、益軒翁以下、尋常文人の手にならしめなば、折角の著書もさまでの声価を得ざりしことならん。 この他、『唐詩選』の李于鱗における、百人一首の定家卿における、その詩歌の名声を得て今にいたるまで人口に膾炙す・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・こいつは棺にも入れず葬むりもしないから誠に自由な感じがして甚だ心持がよいわけであるが、併し誰れかに見つけられて此ミイラを風の吹く処へかつぎ出すと、直ぐに崩れてしまうという事である。折角ミイラになって見た所が、すぐに崩れてしもうてはまるで方な・・・ 正岡子規 「死後」
・・・どうぞお急きにならないで下さい。折角、はかったのがこぼれますから。へいと、これはあなた。」「いや、ありがとう、ウーイ、ケホン、ケホン、ウーイうまいね。どうも。」 さてこんな工合で、あまがえるはお代りお代りで、沢山お酒を呑みましたが、・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・いと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで、折角説き落して洋館説に同意して貰ったまで・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ しかし東京に帰った私の生活は、小倉にいた時とは違って忙しい。折角来た安国寺さんは前のように私と知識の交換をすることが出来ない。それを残念に思っていると、丁度そこへF君が来て下宿した。東京で暮そうと思って、山口の地位を棄てて来たと云うこ・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・安次が死によった。折角お粥持っててやったのに、冷とうなって死んどるのやして。」「死によったか!」「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。」 お霜は小鉢を台所へ置くと、さて何をして好いものかと迷ったが、別に大事な出来事が起ったのでもなく・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫