・・・ ヤアヤアというような懸声で舟のまわりにとりついてそれを押し出してゆくときの海辺の妻や娘たちの声々。それからまた西日が波にきらめいているような時刻、黙って一生懸命な顔で、かえって来た舟を海から陸の砂へ引き上げようと力を出して働いていると・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・「何だか、型で押し出しみたいじゃないか、党員てばどいつも、こいつも英雄でさ」 読者は文化的に高まるにつれ、文学作品を自分の経験とは独立して存在する芸術品として見るようになって来た。 加うるに、十月革命のときにはやっと五つか六つで・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 黒い壁となって河岸まで押し出した群集は、カーメンヌイ・モストのたもとで一時ホッと息をいれた。河風は涼しい。遠くで夜空を燃している光の家、労働宮のイルミネーションが夜の河面へとけ込んでいる。クレムリンの長い外壁は灯のけない暗闇だから、遠・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・父さんが大きい声で出てゆけと云って、母さんを外へ押し出しました。僕もついて出ました。夜で、どこへ行くことも出来ません。母さんは家の外をぐるぐるまわって、どこか入るところはないかとさがしましたが、父さんがどこもみんな鍵をかけたので入れません。・・・ 宮本百合子 「子供の世界」
・・・しかし、それらの時期に文学に従事していた人々は、いずれも根本に於ては文学そのものの人間生活に於ける価値に確信を持っていたのであるし、その確信の上に立って自分の主張する文学の流派の存在意義を押し出していたのであった。プロレタリア文学運動とブル・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・と、姥竹が主の袖を引くとき、山岡大夫は空舟をつと押し出した。「わしはこれでお暇をする。たしかな手からたしかな手へ渡すまでがわしの役じゃ。ご機嫌ようお越しなされ」 ろの音が忙しく響いて、山岡大夫の舟は見る見る遠ざかって行く。 母親・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・体格が好く、押出しが立派で、それで目から鼻へ抜けるように賢く、いつでもぼんやりして手を明けていると云うことがない。顔も觀骨が稍出張っているのが疵であるが、眉や目の間に才気が溢れて見える。伊織は武芸が出来、学問の嗜もあって、色の白い美男である・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・ 暫くすると、人々に腕を持たれた秋三は勘次を睥み乍ら、裸体の肩口を押し出して、「放せ、放せ。」と叫んでいた。 勘次はただ黙って突き立ったまま、ひた押しに秋三の方へ進もうとした。「今日という今日は、承知せんぞ!」「何にッ!・・・ 横光利一 「南北」
・・・『春』『家』『新生』『夜明け前』と続いた藤村の主要作品を押し出して来た力は、そこにあると思う。 ところで右にあげたような藤村の好みのなかにはっきりと現われている独自な性格は、それが無遠慮に発揮されないで、何となく人の気を兼ねるという・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・能面の現わすのは自然的な生の動きを外に押し出したものとしての表情ではない。逆にかかる表情を殺すのが能面特有の鋭い技巧である。死相をそのまま現わしたような翁や姥の面はいうまでもなく、若い女の面にさえも急死した人の顔面に見るような肉づけが認めら・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫