・・・そこで彼は甚太夫を呼んで、「ああ云う見苦しい負を取られては、拙者の眼がね違いばかりではすまされぬ。改めて三本勝負を致されるか、それとも拙者が殿への申訳けに切腹しようか。」とまで激語した。家中の噂を聞き流していたのでは、甚太夫も武士が立たなか・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・お通に申残し参らせ候、御身と近藤重隆殿とは許婚に有之候然るに御身は殊の外彼の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、女ながらも其由のいい聞け難くて、臨終の際まで黙し候さ候えども、一旦親戚の儀を約束いたし候えば、義理堅かりし・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・――老人田舎もののしょうがには、山の芋を穿って鰻とする法を飲込んでいるて。拙者、足軽ではござれども、(真面目松本の藩士、士族でえす。刀に掛けても、追つけ表向の奥方にいたす、はッはッはッ、――これ遁げまい。撫子、欣弥の目くばせに、一室・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・「――これは異なることを承る。拙者の頼み様がよろしからずとは、何をもって左様申されるか」 と、満右衛門が詰め寄ると、「――貴方は、御主人の大切な用を頼むのに、手をお下げにならん。普通なら、両手を爾と突いて、額を下げて頼むところで・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 一番槍の功名を拙者が仕る、進軍だ進軍だ』とわめいて真っ先に飛び出した。僕もすぐその後に続いた。あだかも従卒のように。 爪先あがりの小径を斜めに、山の尾を横ぎって登ると、登りつめたところがつの字崎の背の一部になっていて左右が海である、そ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 先日の御手紙には富岡先生と富岡氏との二個の人がこの老人の心中に戦かっておるとのお言葉が有った、実にその通りで拙者も左様思っていた、然るにちょうど御手紙を頂いた時分以来は、所謂る富岡先生の暴力益々つのり、二六時中富岡氏の顔出する時は全く・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・かつて貴堂において貴鼎を拝見しました時、拙者はその大小軽重形貌精神、一切を挙げて拙者の胸中に了りょうりょうと会得しました。そこで実は倣ってこれを造りましたので、あり体に申します、貴台を欺くようなことは致しませぬ」といった。丹泉は元来毎つねづ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「ようし、それでは拙者がひとりで。」と言いながら危い足どりでその舟に乗り込み、「ちゃんとオールもございます。沼を一まわりして来るぜ。」騎虎の勢いである。「僕も乗ろう。」動きはじめたボートに、ひらりと父が飛び乗った。「光栄です。」・・・ 太宰治 「花火」
・・・「露国の名誉ある貴族たる閣下に、御遺失なされ候物品を返上致す機会を得候は、拙者の最も光栄とする所に有之候。猶将来共。」あとは読んでも見なかった。 おれはホテルを出て、沈鬱して歩いていた。頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫