・・・そしていつもの習慣通りに小箪笥の引出しから頸飾と指輪との入れてある小箱を取出したが、それはこの際になって何んの用もないものだと気が付いた。クララはふとその宝玉に未練を覚えた。その一つ一つにはそれぞれの思出がつきまつわっていた。クララは小箱の・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・それは私の家では結婚する時にきっと先祖から伝えてきた名玉を結婚の指輪に入れなければできない事になっています、ところがだれかがそれをぬすんでしまいましたからどうしても結婚の式をあげることはできません」 おとめはもとよりこの武士がわかいけれ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 僕が昼飯を喰っている時、吉弥は僕のところへやって来て、飯の給仕をしてくれながら太い指にきらめいている宝石入りの指輪を嬉しそうにいじくっていた。「どうしたんだ?」僕はいぶかった。「人質に取ってやったの」「おッ母さんの手紙がば・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・金銀の時計や、指輪や、赤・青・紫、いろいろの色の宝石が星のように輝いていました。また一つの窓からは、うすい桃色の光線がもれて、路に落ちて敷石の上を彩っていました。よい音色は、この家の中から聞こえてきたのであります。 さよ子は、家の中がに・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・「その指にはめている、指輪をくれない?」と、あるとき、若者がいいました。 彼女は、ほんとうに、若者が、自分を愛しているので、そういったのだろうと思って、指にはめている指輪をぬいてやりました。それは、死んだお母さんからもらった、だいじ・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・ さて、その当時、売るに着物もなく、書物もなく、妻が指にはめていた指輪を抜き取らせて、私が売りに行ったことを覚えています。こうした、数々の場合に際会するたびに、深く頭に印象されたものは、貧民を相手とする商売の多くは、弱い者苛めをする吸血・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・一人は、「どうかきれいなくしと、いい指輪をください。」と書きました。一人は、「わたしにオルガンをください。」と書きました。もう一人の娘は、髪の毛の少ない、ちぢれた子でありました。その娘は、いたって性質の善良な、情けの深い子で・・・ 小川未明 「夕焼け物語」
・・・浅草へゆくと、折井は簪を買ってくれたり、しるこ屋へ連れて行ってくれたり、夜店の指輪も折井が買うと三割引だった。「こんな晩くなっちゃ、うちへ帰れないわ」 安子が云うと、折井はじゃ僕に任かせろと、小意気な宿屋へ連れて行ってくれた。部屋に・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・この愚僧は、たいへんおしゃれで、喫茶店へ行く途中、ふっと、指輪をはめて出るのを忘れて来たことに気がつき、躊躇なくくるりと廻れ右して家へ引きかえし、そうしてきちんと指輪をはめて、出直し、やあ、お待ちどおさま、と澄ましていました。 私は大学・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ふと或る店の飾り窓に、銀の十字架の在るのを見つけて、その店へはいり、銀の十字架ではなく、店の棚の青銅の指輪を一箇、買い求めた。その夜、私のふところには、雑誌社からもらったばかりのお金が少しあったのである。その青銅の指輪には、黄色い石で水仙の・・・ 太宰治 「秋風記」
出典:青空文庫