・・・イナオは木で作った先きの方をじゃがじゃがさせた一種の木幣で、家の守護神様、穀物の神様、水や火の神様にこのイナオを捧げるのであります。 さすがに寒い所だけあって、神様の中でも炉の神様を最も大切にいたしますが、この神様はお婆さんでフッチと名・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・あれだけ決心して身を捧げるからには、あの仕事の中に必ず何か真実がなければならぬと思うのです。その真実はどんなものか私はそれを知って自分の息子のやることを理解したいと思う。こんどロシアへいらしったら、どうぞ彼方の様子もよく視ていらして下さい。・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ 善い悪いを抜きにし只私の愛するものへ捧げるつもりで讚美し祝して、この筆を置く。 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・そして又、其祈願が如何程失墜したとしても結局は、其祈願を捧げる私共の中に墜ちて来るのでは無いだろうか。 よきものが或場合受けなければ成らない屈辱や、苦難やを、無頓着らしく冷笑する事は冒涜である。人類の真実な希願を蹂躙する者は、其の同じ足・・・ 宮本百合子 「断想」
・・・ 卓子に向って坐ると、二人は、感動し、我知らず祈を捧げる心持になった。 今から、自分達の、二人きりの、生活が始るのだ。どうぞ幸福であるように。彼も、自分も幸福であるように。―― 箸をとったら、鰻は、まるで油紙のようにくさい。危く・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ かかる意味において、われらは同志小林の闘争の生涯がボルシェビキ的強情さによって貫徹され、高き規範を示したことに無限の敬意を捧げるのである。同志小林が身を挺して確保した革命的到達点を、理論、創作、組織的全活動の分野において更に推進させ、・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・ マリアは、自分を見知りもしない公爵Hに夢のような熱中を捧げると同時に、その愛人のGを観察して嫉妬もしている。どうして、彼女の周囲の腐敗した上流社交人たちは結婚に対して、それを愚弄した考えを抱くのかを、小さい鋭い頭で疑っている。「夫と妻・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・それだけならば、彼らもあるいは忍んで命を光尚に捧げるときの来るのを待つかも知れない。しかしその恩知らず、その卑怯者をそれと知らずに、先代の主人が使っていたのだと言うものがあったら、それは彼らの忍び得ぬことであろう。彼らはどんなにか口惜しい思・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そうして見ると、財産でもなく、生活の喜でもなく、義務でもなく、恋愛でもないとして考えて、僕はあの女の捧げる犠牲のいよいよ大きくなるのに驚かずにはいられなかったのである。 僕はこんな事を考えて、鮓を食ってしまった跡に、生姜のへがしたのが残・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・父はそれを高く捧げるようにして暫く黙って眺めていたが、「こりゃ好く出来とるな。」 またちょっと黙って、「うむ、こりゃ好く出来とる。」 といってから頭を左へ傾け変えた。 仮面は父親を見下して馬鹿にしたような顔でにやりと笑っ・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫