・・・もっと、ひどかった。掘り下げて行くと、際限が無いような気配さえ感ぜられた。私は中途で止めてしまった。 私だとて、その方面では、人を責める資格が無い。鎌倉の事件は、どうしたことだ。けれども私は、その夜は煮えくりかえった。私はその日までHを・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ある人の話では、元来あすこに泉があったのを、前田家の先祖が掘り下げて、今の形にしたのだそうである。そう言えば池の西北隅から水がわいているらしい。そのへんだけ底に泥がなくて、砂利が露出している事は、さおでつついてみるとわかる。あの池から、一つ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ 大正から昭和へかけての妙技無用主義、ジャズ・レビュー時代がどれだけ続いて、その後にまた少し落ち着いてゆっくり深く深く掘り下げて洗練を経たものが喜ばれ尊重される時代が来るか、天文学者が遊星の運動を観測しているような、気長い気持ちで見てい・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・むしろ、あらゆる伝統を深く掘り下げ、噛みこなして、十二分に腹をこしらえてから後に、自分の腹一杯の声を出して、自分の中にある本当のものを正直に表現するのが本当の「野獣」である。野獣の皮を被った羊や驢馬は頼みにならないのである。 こう云った・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・この世界歴史の大転換期に当って、何処までも日本文化の根柢を掘り下げて、我々の思想は深く大なる基礎の上に築き上げられなければならない。真の行動のためには、デカルトもいう如く省察と認識とが問題とならなければならない。 既にいった如く、哲学は・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 秋山は陸面から八十尺の深さに掘り下げた、彼等自身の掘鑿を這い上りながら、腰に痛みを覚えた。が、その痛みは大して彼に気を揉ませはしなかった。何故ならば、それはいつでもある事だったから。 ダイの仕度は出来た。 二十三本の発破が、岩・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・というものの実体も、現実を掘り下げてみれば、ぶつかっているのはマルクシズムよりも、より手前にある治安維持法の威嚇である。多くの人は、人間が野蛮と暴力に耐えがたいという自然な弱さで――それだからこそ人民は非人間的権力や戦争に反対してたたかうこ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 心理学者は、たとえば、著者自身にふれている重要な事実――現代の一部の作家が心の内部へ内部へと掘り下げてゆく過程の叙述をのみ書きたがっているという現象について、それがいかなる心理的理由によるものか、それを科学的実験的に闡明してはいけない・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・佐多稲子の作品をかたるとき、批評は生活派らしい座りかたになり、地声となっているが、論点は作者と読者を肯かせるところまで掘り下げられていなかった。大岡昇平、火野、林などの作家にふれた前半と後半とはばらばらで、きょうの日本とその人民が歴史的にお・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・評伝は十二月初旬小説が終ってから再びつづけて、前半のように緻密にして生活的であり、生活と芸術とその歴史性の掘下げでユニークなものを完結します。小説もそのように生活のディテールと活力の横溢したものにしたいと思います。「乳房」を書いているから、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫