・・・ 三 暑さの過去帳 少年時代に昆虫標本の採集をしたことがある。夏休みは標本採集の書きいれ時なので、毎日捕虫網を肩にして旧城跡の公園に出かけたものである。南国の炎天に蒸された樹林は「小さなうごめく生命」の無尽蔵で・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・もっとも小学校時代から鉱物、昆虫などの採集には非常に興味を持っていて、時々近所へ採集に出かけたものだ。今も郷里の家にはこれらの標本がよほど残っているくらいで、少しはこんな事が運動になったのかもしれぬ。その代わり、滋養物はできうるだけ多く取っ・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・荒川堤の南岸浮間ヶ原には野生の桜草が多くあったのを聞きつたえて、草鞋ばきで採集に出かけた。この浮間ヶ原も今は工場の多い板橋区内の陋巷となり、桜草のことを言う人もない。 ダリヤは天竺牡丹といわれ稀に見るものとして珍重された。それはコスモス・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 十八等官でしたから役所のなかでも、ずうっと下の方でしたし俸給もほんのわずかでしたが、受持ちが標本の採集や整理で生れ付き好きなことでしたから、わたくしは毎日ずいぶん愉快にはたらきました。殊にそのころ、モリーオ市では競馬場を植物園に拵え直・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ また、先頃フィリッピンのバシラン島附近で高麗鶯の新種を発見して博物学界に貢献した、博物採集を仕事としている山村八重子さんの自分の仕事に対する愛情は、すべての事情からいわゆる商売気は離れています。彼女には商売気を必要としない生活の好条件・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・夏休みには植物採集をさせますとか、科学博物館へつれてゆきますとか云う、それだけが厚みの全部ではないと思われる。 つい三四日前のことであったが、夕飯のすんだ餉台のところで、家のものと夕刊を見ていた。丁度『日の出』という大衆雑誌の広告が出て・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・ウラジーミル大公の食堂に今日一皿二十カペイキのサラダがトマトと胡瓜の色鮮やかに並び、シベリアの奥で苔の採集を仕事としている背中の丸い白い髯の小学者が妻と木彫のテーブルについているのを眺めることは絶対に不愉快でありえない、しかし、ゴーリキー自・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・日曜は十一時頃から教会に行き、昼餐は料理店ですませて市外の公園にゴルフをしに行ったり夫婦で夕暮まで郊外の野道を植物採集に逍遙する。 家に帰って空腹に美味な晩食をとり、湯を浴び、熟睡して、更に新鮮な月曜日を迎えるのです。 勿論、右のよ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・植物採集に持って行くような、ブリキの入物に花櫚糖を入れて肩に掛けて、小提灯を持って売って歩くのである。 伝便や花櫚糖売は、いつの時侯にも来るのであるが、夏は辻占売なんぞの方が耳に附いて、伝便の鈴の音、花櫚糖売の女の声は気に留まらないので・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫