・・・ 控え室をのぞくと、乞食かと思われたようなよぼよぼの老人が、ふろしき包みをわきに置いてうずくまっていました。 院長は、その老人と、取り次いだ看護婦とを鋭く一瞥してからいかにも、こんなものを……ばかなやつだといわぬばかりに、「みて・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ 患者の控え室は、たくさんの人で、いっぱいでした。左右にすわっている人々のようすをきくと、いずれも彼女と同じ病気であるらしいので、いまさら、その名医ということが感ぜられたのでありました。 そのうちに、看護婦が入って、彼女のかたわらに・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・ 第五スタジオの控室で、放送開始時間を待っていると、給仕が、「赤団治さんに御面会です。お宅の奥さんが受付へ来ておられます」と、知らせに来た。「えっ、女房が……? 新聞を見て来よったんやろか。すぐ行きます。おおけに……」 飛び・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 私はその特高に連れられたまゝ、何ベンも何ベンもグル/\階段を降りて、バラックの控室に戻ってきた。途中、忙しそうに歩いている色んな人たちと出会った。その人たちは俺を見ると、一寸立ち止まって、それから頭を振っていた。「さ、これでこの・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・そんなら、もっと早くから言えば何か方法もあったのに、いまさら、そんな事を言い出しても無理だとは思ったが、とにかく私は控室から料理屋の帳場に電話をかけた。そうして、やはり断られた。貸衣裳の用意も無い事はないのだが、それも一週間ほど前から申込ん・・・ 太宰治 「佳日」
・・・その時に控え室となっていた教場の机の上にナイフでたんねんに刻んだいろいろのらく書きを見ていたら、その中に稚拙な西洋婦人の立ち姿の周囲にリリアン・ギッシュ、メリー・ピクフォードなどという名前が彫り込んであった。自分の中学時代のいたずらを思い出・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・金星音楽団の人たちは町の公会堂のホールの裏にある控室へみんなぱっと顔をほてらしてめいめい楽器をもって、ぞろぞろホールの舞台から引きあげて来ました。首尾よく第六交響曲を仕上げたのです。ホールでは拍手の音がまだ嵐のように鳴って居ります。楽長はポ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・によきアカデミズムがあったのなら、どうしてケーベル博士は大学の教授控室の空気を全く避けとおしたということが起ったろう。夏目漱石は、学問を好んだし当時の知識人らしく大学を愛していた。彼に好意をもって見られた『新思潮』は久米、芥川その他の赤門出・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・右手に証人の控室というのがあって、そこに、さっき薄暗い控室にいたひともやがて来ました。○○○さんが私に「ちょっとあれが渡政のおかあさんよ」というのを見ると風邪でもひいているのでしょう、のどを白い布でまき、縞の着物を着た半白の五十越したおばさ・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・ぐるりと後に廻ると、開く扉はあったが、司祭控室らしく、第一、下駄で入ってはわるそうだし困って、私は、附属家の手入れをして居たペンキ屋に、掛りの人の居処を聞いて見た。灌木の茂みの間の坂を登り切ったところに、大理石の十字架上の基督像を中心とした・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫