・・・そうしたら、九頭竜の野郎、それは耳よりなお話ですから、私もひとつ損得を捨てて乗らないものでもありませんが、それほど先生がたがおほめになるもんなら、展覧会の案内書に先生がたから一言ずつでもお言葉を頂戴することにしたらどんなものでしょうといやが・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・何だとか、田中は陸軍大将で、おおかた元帥になろうとしていたところをやめて政治家になったとか、自分たちにとっては、実に、富士山よりも高く雲の上の上にそびえていて、浜口がどうしようが、こうしようが、三文の損得にもならないことを、熱心に喋って得々・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・然るに、何かは存ぜず、渡りに舟の臙脂屋が申出、御用いあるべしと丹下が申出したは不埒でござろうや。損得利害、明白なる場合に、何を渋らるるか、此の右膳には奇怪にまで存ぜらる。主家に対する忠義の心の、よもや薄い筈の木沢殿ではござるまいが。」と・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・綿密の損得勘定の結果であった。私は、猛く生きとおさんがために、死ぬるのだ。いまさら問答は無用であろう。死ぬることへ、まっすぐに一すじ、明快、完璧の鋳型ができていて、私は、鎔かされた鉛のように、鋳型へさっと流れ込めば、それでよかった。何故に縊・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ いいと思うことでも、余り生一本にやるのは考えものだ。損得を考えられなくなるまで追いつめられた奴の中で、性分を持った奴がやるだけのもんだ。 監獄に放り込まれる。この事自体からして、余り褒めた気持のいい話じゃない。そこへ持って来て、子・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 五ヵ年計画実現の或る政策、特に集団農場化のような場合、はじめはグズグズ疑りぶかく、反動的に小さい自分一身の利害の勘定ばっかりしていた貧農、中農が、やがて農民としての損得から云っても集団化された方が得であることを合点し、仲間の中からの活・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 刻々と生活が変化する今日の時代の若い婦人は、自分の損得から一歩出て人間社会の動きを見得る眼の力が大切です。その人が生きてゆく心のために必要です。 猶題の抄という字は、それだけで抜き書きの意味ですからとりました。 選外「・・・ 宮本百合子 「新女性のルポルタージュより」
・・・ 禰宜様宮田は、人があまり損得に夢中になっているので、却って上気せ上って自分にははっきり分る損得を、逆に取り違えているのではあるまいかなどとも想う。けれども、もちろん口に出しては一口も云う彼ではない。黙ってまるで蟻のように働く禰宜様宮田・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・クルリッと見向いた男の目の中に、女はいかにもかけ引きをして居る様な損得ずくらしい様な光りを見つけた様に思って、「何考えていらっしゃる?」 いまいましそうな調子にとんがり声で男にきいた。「何? 人間は考えなければならない様に作られ・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫