・・・ 兄はまた擬勢を見せて、一足彼の方へ進もうとした。「それだから喧嘩になるんじゃないか? 一体お前が年嵩な癖に勘弁してやらないのが悪いんです。」 母は洋一をかばいながら、小突くように兄を引き離した。すると兄の眼の色が、急に無気味な・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ たちまち妙な顔、けろけろと擬勢の抜けた、顱巻をいじくりながら、「ありゃね、ありゃね、へへへ、号外だ、号外だ。」 五「あれさ、ちょいと、用がある、」 と女房は呼止める。 奴は遁げ足を向うのめりに、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・腮が動く、目が光って来た、となると、擬勢は示すが、もう、魚の腹を撲りつけるほどの勇気も失せた。おお、姫神――明神は女体にまします――夕餉の料に、思召しがあるのであろう、とまことに、平和な、安易な、しかも極めて奇特な言が一致して、裸体の白い娘・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ このねだりものの溌猴、魔界の艶夫人に、芭蕉扇を、貸さずば、奪わむ、とする擬勢を顕わす。……博識にしてお心得のある方々は、この趣を、希臘、羅馬の神話、印度の譬諭経にでもお求めありたい。ここでは手近な絵本西遊記で埒をあける。が、ただ先哲、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみに文をはさんで、これを大臣に奉ると云って擬勢を示したら、「大臣ふみもえとらず、手わななきてやがて笑ひて、今日は術なし、右の大臣にまかせ申すとだにいひやり給はざりければ・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
出典:青空文庫