・・・一見いかに現在の道徳観を擾乱するように思われるものであっても、また一見いかに病的な情緒に満ちたものであっても、それが多数の健全なる理性の所有者にとっていわゆる芸術的価値を多少なりとも認め得られるとすれば、それはただその作品の中に「記録」と「・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・前者の場合には世道人心を善導し、後者の場合には惨禍と擾乱を巻き起こした例がはなはだ多いようである。いずれもとにかく人間の錯覚を利用するものである。 もしも人間の「目」が少しも錯覚のないものであったら、ヒトラーもレーニンもただの人間であり・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・水流の場合には一般に流線の広がる時に擾乱が起こるが流線が集約する時にはそれが整斉される、あれと似たことがありはしないかとも考えられる。これらもすべて大胆すぎた想像であるが一つの暗示として付記する。 リヒテンベルグの場合に放電板の裏側にで・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ 煙の柱の外側の膚はコーリフラワー形に細かい凹凸を刻まれていて内部の擾乱渦動の劇烈なことを示している。そうして、従来見た火山の噴煙と比べて著しい特徴と思われたのは噴煙の色がただの黒灰色でなくて、その上にかなり顕著なたとえば煉瓦の色のよう・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・ 宇宙線が脳を通過する間に脳を組成するいろいろな複雑な炭素化合物の分子あるいは原子の若干のものに擾乱を与えてそれを電離しあるいは破壊するのは当然の事であるが、その電離または破壊が脳の精神機能の中枢としての作用になんらかの影響を及ぼすこと・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・この学者の説によると、第一に水の流出する音が人の声を誘う、第二には浴場の壁は普通の家のように音波を擾乱するものがないためによく反響して声が充実して聞えるためだという。しかしこの説が日本の浴場にも通用するかどうか少し疑わしい。自分の考えでは温・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・岩面に草木があっては音波を擾乱するから反響が充分でなくなる事も多くの物理学生には明らかである。しかしこれらの記録中でおもしろいと思わるるのは、ある書では笛の音がよく反響しないとあり、他書には鉦鼓鈴のごときものがよく響かないとある事で・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・それから長唄か何からしいものが始まって、ガーガーいう歌の声とビンビン響く三味線の音で、すっかりわれわれの談話は擾乱されてしまった。 それから後も時々いろいろな場所でこのJOAKに襲われた。慣れて来ると、なるほどJOAKと聞こえる。ジェー・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・緑の怒濤のように前後左右で吼え沸き立つのはよいとして、異様な動悸を打たせるのは、竹は嫋やかだからその擾乱の様がいやに動的ぽいことだ。濡れて繁茂した竹が房々した大きい手、ふり乱した髪、その奥には眼さえ光らせて猛るようだ。大竹藪の真ん中で嵐に会・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・激しい困惑や擾乱を内的に予期せずにはいられません。 私には、たとい良人の形体は地上から消滅しても、彼の全部は、皆、彼との結婚後更生した自己の裡に、確に、間違いなく生きているのだ、という全我的の信仰、安住も持ち得ないのです。 現在、私・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
出典:青空文庫