・・・それで今朝汽車が出てしまって改札口へ引返すと同時に、なんだか気抜けがしたように、プラットフォームの踏心も軽く停車場を出ると空はよく晴れて快い日影を隠す雲もない。久し振りに天気のよい日曜である。宅へ帰ってどうすると云うあてもないので、銀座通り・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・この間改札口幾度か開かれまた閉じられて汽笛の止む間もなし。人来り人去っていつまでも待合の隅に居残るは吾等のみなるぞつまらなき。ようやく十二時となりて、プラットフォームに出でんとすればこの次のなりとてつきかえされし、重ね/\の失敗なりける。よ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・それと思われるのが二人、入口の処でゾロゾロ改札口の方へ動いて行く、群集を眼で拾っていた。 彼は、立ち上って、三つばかり先のベンチへ行って、横目で、一渡り待合室を見廻した。幸、眼は光っていなかった。「もっとも、俺の顔を知ってる者はいな・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口へかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫がかった電燈が、一つ点いているばかり、誰も居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽らしい人の、影もなかったのです。 二人は、停車場の・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 女は、遠い改札口の方をぼんやり眺めたなり鸚鵡返しに、「あぶないよ本当に」と、傍に立って車窓を見上げている六ツばかりの男の児の手を引っぱった。白っぽい半洋袴服をつけ、役者の子のような鳥打帽をかぶったその男の児は、よろけながら笑っ・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ * それで恋愛の表現等でも、パリとモスクワと違うところは、例えばパリは引け時間、地下電車の入口に立って見て居ると、女が先に来て改札口で待って居る。すると若い男が来る。互に抱き合って長い間接吻して、女と男と別・・・ 宮本百合子 「ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て」
・・・ それで恋愛の表現等でも、パリとモスクワと違うところは、例えばパリは引け時間、地下電車の入口に立って見ていると、女が先に来て改札口で待っている。すると若い男が来る。互いに抱き合って長い間接吻して、女と男と別々の方へ別れて行く、そういう表・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・僅かの旅客の後に跟き、私共は漠然期待や好奇心に満ちて改札口を出た。赤帽と、合羽を着た数人の俥夫が我々をとり巻いた。「お宿はどこです」「お俥になさいますか」「――ふむ――まだ宿をきめていないんだが、長崎ホテル、やっていますか」・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、鋏をかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け廻している切符きり、と云った青年であった。「お話をきくと毎日が大変らしいようですね。」 先ずそんなことから梶は云った。栖方は黙ったまま笑った。ぱッと音立て・・・ 横光利一 「微笑」
・・・市街電車へ乗り換える所へ来て、改札口で乗越賃を払おうとすると、釣銭がないと言って駅夫が向こうへ取りに行く。釣銭などでグズグズしてはいられないのでそのまますぐ駈け出したくなる。しかしあとから駅夫が大声を出して追い駈けて来たりすると気の毒だと思・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫