・・・それからまた放牧の馬や牛も突然僕の前へ顔を出しました。けれどもそれらは見えたと思うと、たちまち濛々とした霧の中に隠れてしまうのです。そのうちに足もくたびれてくれば、腹もだんだん減りはじめる、――おまけに霧にぬれ透った登山服や毛布なども並みた・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ ほおけた尾花のつづいた大野には、北国めいた、黄葉した落葉松が所々に腕だるそうにそびえて、その間をさまよう放牧の馬の群れはそぞろに我々の祖先の水草を追うて漂浪した昔をおもい出させる。原をめぐった山々はいずれもわびしい灰色の霧につつまれて・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・ 一町ほど向うの溝の傍で、枯木を集めようとして、腰をのばすと浜田は、溝を距てゝ、すこし高くなった平原の一帯に放牧の小牛のような動物が二三十頭も群がって鼻をクンクンならしながら、三人をうかがっているのを眼にとめた。「おい、蒙古犬だ!」・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 放牧される四月の間も、半分ぐらいまでは原は霧や雲に鎖されます。実にこの高原の続きこそは、東の海の側からと、西の方からとの風や湿気のお定まりのぶっつかり場所でしたから、雲や雨や雷や霧は、いつでももうすぐ起ってくるのでした。それですから、・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・けれども、無人な或は、土の中のような色をした黒坊の母子が、放牧された牛などに混って、ぽつんと、野の中に立って居る様子は、非常に物淋しい心持がする。 にぎやかな色、あかるい空、しかし歌をうたう心持はしない。暖い大地の、不思議な物懶さと、陰・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・――山本有三氏の道義がこれまで放牧されている地域にあっては、歴史の推移につれて、従来の種類の草だけをいかに気を入れて氏の芸術論に云われているようにこちらのものにしても、カルシウムの欠乏は何となし顕著に感じられて来ている。それは、既に「女の一・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫