・・・ 麻利耶観音と称するのは、切支丹宗門禁制時代の天主教徒が、屡聖母麻利耶の代りに礼拝した、多くは白磁の観音像である。が、今田代君が見せてくれたのは、その麻利耶観音の中でも、博物館の陳列室や世間普通の蒐収家のキャビネットにあるようなものでは・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ただそれは、当時の天主教徒の一人が伝聞した所を、そのまま当時の口語で書き留めて置いた簡単な覚え書だと云う事を書いてさえ置けば十分である。 この覚え書によると、「さまよえる猶太人」は、平戸から九州の本土へ渡る船の中で、フランシス・ザヴィエ・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・僕は一時的清教徒になり、それ等の女を嘲り出した。「S子さんの唇を見給え。あれは何人もの接吻の為に……」 僕はふと口を噤み、鏡の中に彼の後ろ姿を見つめた。彼は丁度耳の下に黄いろい膏薬を貼りつけていた。「何人もの接吻の為に?」「・・・ 芥川竜之介 「歯車」
1 天主教徒の古暦の一枚、その上に見えるのはこう云う文字である。―― 御出生来千六百三十四年。せばすちあん記し奉る。 二月。小 二十六日。さんたまりやの御つげの日。 二十七日。どみいご。・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
・・・巴は当初南蛮寺に住した天主教徒であったが、その後何かの事情から、DS 如来を捨てて仏門に帰依する事になった。書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。 破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・羽子板の押絵が抜け出したようで余り目に立ち過ぎたので、鈍色を女徳の看板とする教徒の間には顰蹙するものもあった。欧化気分がマダ残っていたとはいえ、沼南がこの極彩色の夫人と衆人環視の中でさえも綢繆纏綿するのを苦笑して窃かに沼南の名誉のため危むも・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・いま、第三インターナショナルの運動を別にしては、全世界にその信徒を有すると知られている、基督教徒の行動に対しても、私は、いまだ全く絶望するものでない……。 これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・それから思えば、何処に現在のキリスト教徒にその熱烈さと、その厳粛さと反抗の精神が燃えているか。全世界を通じてキリスト教徒の数は夥しい。若しこれらの信者が、本当に正義の観念に燃え、真理のために尽していたなら、今度の欧洲戦争の如きも未然に防ぐこ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・しかし日蓮宗の教徒ならぬわれわれにとっては、その教理がここで主なる関心ではなく、彼の信念、活動の歴史的意義、その人格と、行状と、人間味との独特のニュアンスとが問題なのである。 日蓮の性格と行動とのあとはわれわれに幾度かツァラツストラを連・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・仏教徒は仏教徒の胸中の人物がございます、基督教徒は基督教徒の胸中の人物がございます、インデヤンにはインデヤンの胸中の人物がございます、鎌倉武士は鎌倉武士で胸中の人物があります。いわゆる「人の胸中の人物」は、「時代」により「処」によっていろい・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
出典:青空文庫