・・・彼は、この二つのものの中に、彼の大きい真情を傾けて敬愛しているベルニィ夫人と母までをこめて、考えねばならぬ端目になった。ブルターニュの昔からの知人の家へ暫時息ぬきに出かけた。パリへかえってカシニ街にどうやら身を落付け、バルザックは再びペンを・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・徳蔵おじは大層な主人おもいで格別奥さまを敬愛している様子でしたが、度々林の中でお目通りをしてる処を木の影から見た事があるんです。そういう時は、徳蔵おじは、いつも畏って奥様の仰事を承っているようでした。勿論何のことか判然聞取なかったんですが、・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・人々は漱石に対する敬愛によって集まっているのではあるが、しかしこの敬愛の共同はやがて友愛的な結合を媒介することになる。人々は他の場合にはそこまで達し得なかったような親しみを、漱石のおかげで互いに感じ合うようになる。従ってこの集まりは友情の交・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・私は現在同じ心理を、自分の敬愛する××先生に対して経験している。それはおそらく自分の怯懦から出るのであろう。しかしこの怯懦は相手があたかも良心のごとく、自分に働きかけて来るから起こるのである。その前に出た時自分の弱点と卑しさとを恥じないでは・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫