・・・それでも余は他の同級生よりも比較的熱心な英語の研究者であったから、分らないながらも出来得る限りの耳と頭を整理して先生の前へ出た。時には先生の家までも出掛けた。先生の家は先生のフラネルの襯衣と先生の帽子――先生はくしゃくしゃになった中折帽に自・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・成功したというと、その人の遣口が刷新でもなく、改革でもなく、整理でもなくても、その結果が宜いと、唯その結果だけを見て、あの人は成功した、なるほどあの人は偉いということになる。ところが騒動が益大きくなる。そうすると今まで遣ったその人の一切の事・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・思想之法則は人間の頭に上る思想を整理するだけで、其が人間の真生活とどれだけの関係があるか。心理学上、人間は思想だけじゃない。精神活動力の現われ方には情もあれば知もあり意もある。それを思想だけ整理しても駄目じゃないか。成程、相等しき物は同一な・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・『ホトトギス』所載の挿画 年の暮の事で今年も例のように忙しいので、まだ十三、四日の日子を余して居るにもかかわらず、新聞へ投書になった新年の俳句を病牀で整理して居る。読む、点をつける、それぞれの題の下に分けて書く、草稿へ棒を引・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・耕地整理になっているところがやっぱり旱害で稲は殆んど仕付からなかったらしく赤いみじかい雑草が生えておまけに一ぱいにひびわれていた。やっと仕付かった所も少しも分蘖せず赤くなって実のはいらない稲がそのまま刈りとられずに立っていた。耕地整・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 二人はそこにあったもみくしゃの単衣を汗のついたシャツの上に着て今日の仕事の整理をはじめた。富沢は色鉛筆で地図を彩り直したり、手帳へ書き込んだりした。斉田は岩石の標本番号をあらためて包み直したりレッテルを張ったりした。そしてすっかり夜に・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ このような例は過去の文化上の貴重な遺産の整理ということについて、決して笑話に終らない本質をもっていると思える。 ドイツでは、大層盛大なワグナア祭典が行われていたり、ゲーテやシラーについて政府としての評価が語られたりしているようだ。・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・ 日本のファシズムは、本年に入ってから、特に国鉄をはじめとして大量の人員整理をはじめてから、ひどい勢いで各方面で人民生活をかみやぶりはじめました。 わたしたちの民族独立への希望や、文化の自立への希望――つまり独立した社会人として当然・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・それまでは旅行から得る新しい刺激によって、わずかに頭の整理を続けていた。――これは一八九一年、バアルがロシアに遊んだ時の事だ。 Luigi Rasi のデュウゼ伝によると、デュウゼの血は劇場の内に流れていた。彼女は「劇場の子」である・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・逢いたい人々にも恐らく逢えまい。整理しておきたい事も今さらいかんともしようがない。自分の生涯や仕事について心残りの多いのは言うまでもない事だ。それでも私は静かに死ねるだろうか。黙って運命に頭を下げる事ができるだろうか。―― 私はこうして・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫