・・・ その料亭のまえで、わかれた。青年はズボンに両手をつっ込み、秋風の中に淋しそうに立って二人を見送っていた。 ふたり切りになると、「あなた、死ぬのね。」「わかるか。」乙彦は、幽かに笑った。「ええ。あたしは、不幸ね。」やっと・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・吉田に着いてからも篠つく雨は、いよいよさかんで、私は駅まで迎えに来てくれていた友人と共に、ころげこむようにして駅の近くの料亭に飛び込んだ。友人は私に対して気の毒がっていたが、私は、この豪雨の原因が、私の銘仙の着物に在るということを知っていた・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・お茶屋というのは、どうも、料亭のようであった。父が駅長をしていても、そうしなければ、ならないのかなあ、そうかなあ、と断じて不服に思いながら、「それでは女中じゃないか。」「ええ。でも、――京都では、ゆいしょのあるご立派なお茶屋なんです・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ 去年の正月ある人に呼ばれて東京一流の料亭で御馳走になったときに味わった雑煮は粟餅に松露や蓴菜や青菜や色々のものを添えた白味噌仕立てのものであったが、これは生れてから以来食った雑煮のうちでおそらく一番上等で美味な雑煮であったろうと思われ・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・ お絹は電話で、昨夜道太が行った料亭へ朝飯を註文した。「御飯も持ってきてね、一人前」 それからまた台所の方にいたかと思うと、道太が間もなく何か取りかたがた襦袢を著に二階へあがったころには、お絹は床をあげて、彼の脱ぎ棄ての始末をし・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫