・・・ 第一の入口は斯様にして分ったけれ共、どこから家の中に入ったかと云う事が疑問であった。 水口の所にやや暫く立ちどまって、しきりに戸を外から、押したり叩いたりして居た巡査は、急にさも満足したらしい、得意そうな声をあげて叫んだ。・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ 斯様な問題が繰返された。 一度でも、私が、その物質と交換的な養子問題を、内心或る心にすまなさを感じつつそれに傾いたのが、誤りだったのだと思わずには居られない。 自分達が相互の愛に責任を持った以上、その結果たる生活にも、責任を持・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ロザリーに何よりいやなのは、散歩の間で起る斯様なことを、誰にも云ってはいけないと姉達に命令されていることでした。何故黙っていなければならないのか、ロザリーにはいくら考えてもわかりませんでしたから。 陰気な教区内でも、四人の娘達は段々人生・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・ 或る女性が、彼女の十年来共棲して来た良人を棄てて、新たに甦った人生を送るために愛人の許に馳った。斯様な一事実に面した時、我々は、彼女が、自己の人としての運命、性格、力量を、どこまで深く沈思したか。無意識の裡に外界から暗示され、刺戟され・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・貴女も、今、そちらの静かな闇の中で、斯様な悲しみに打れて居らっしゃるのですか。何と云うことだ。辛いことだ。然もそれが避けられない――。彼の家で育った二十幾年かが、津浪のような記憶で、自分の感傷を溺らせた。 翌日、自分は心が寥しく病んだよ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 我々は、一度目の経験で、斯様に、一寸でも目ぼしいと思うような貸家の広告は、如何程迅速に人々の注意を牽き、又交渉されるかを覚えて居た。 朝八時頃新聞を見、本郷から下谷の其処まで行くうちに、もう十幾人目かの人と、すっかり話が纏って仕舞・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 左様な時に必然的な強い要求の起って来ない――来て居ると思ってもそれは単にその想像に過ぎないものである事は疑いない。 斯様な心持になる事は決して、私一人の心持ではない。 多く物を読み知らなければならないと思うものが或時に於ては陥・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・ 山本有三氏は、斯様にして獲得された今日の彼としての成功に至る迄の人生の経験から、次第に一つのはっきりとした彼の芸術の脊髄的テーマとでも云うべきものを掴んで来ているように見える。それは、予備条件として在来の社会機構から生じた各個人間の極・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・ 丁度今頃、矢張り斯うやって同じディブァンの上に坐り乍ら、何度、斯様な賑やかな睦しい同胞共の様子を眺めて来ただろう。 けれども、今自分の胸に流れて居るような一抹の寂しさは、一度でも嘗て味ったことがあるだろうか。 泰子の良人は、四・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・ 当庵は斯様に見苦しく候えば、年末に相迫り相果て候を見られ候方々、借財等のため自殺候様御推量なされ候事も可有之候えども、借財等は一切無き某、厘毛たりとも他人に迷惑相掛け申さず、床の間の脇、押入の中の手箱には、些少ながら金子貯えおき候えば・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫