・・・「三浦は贅沢な暮しをしているといっても、同年輩の青年のように、新橋とか柳橋とか云う遊里に足を踏み入れる気色もなく、ただ、毎日この新築の書斎に閉じこもって、銀行家と云うよりは若隠居にでもふさわしそうな読書三昧に耽っていたのです。これは勿論・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・自分は新橋で下りる体である。それを知っている友だちは、語り完らない事を虞 それから、写真はいろいろな事があって、結局その男が巡査につかまる所でおしまいになるんだそうだ。何をしてつかまるんだか、お徳は詳しく話してくれたんだが、生憎今じゃ覚・・・ 芥川竜之介 「片恋」
一 クリスマス 昨年のクリスマスの午後、堀川保吉は須田町の角から新橋行の乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は不相変身動きさえ出来ぬ満員である。のみならず震災後の東京の道路は自働車を躍ら・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 三「ほほほ、賞めまするに税は立たず、これは柳橋も新橋も御存じでいらっしゃいましょう、旦那様のお前で出まかせなことを失礼な。」 小山判事は苦笑をして、「串戯をいっては不可ん、私は学生だよ。」「あら、あ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・あるいは一度新橋からお酌で出たのが、都合で、梅水にかわったともいうが、いまにおいては審でない。ただ不思議なのは、さばかりの容色で、その年まで、いまだ浮気、あらわに言えば、旦那があったうわさを聞かぬ。ほかは知らない、あのすなおな細い鼻と、口許・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「……あるいはその新橋とか申します……」「いや、その真中ほどです……日本橋の方だけれど、宴会の席ばかりでの話ですよ。」「お処が分かって差支えがございませんければ、参考のために、その場所を伺っておきたいくらいでございまして。……こ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・吉弥の母からの電報で、今新橋を立ったという知らせだ。僕が何気なく行って見ると、吉弥が子供のように嬉しがっている様子が、その挙動に見えた。僕が囲炉裡のそばに坐っているにもかかわらず、ほとんどこれを意にかけないかのありさまで、ただそわそわと立っ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 二十五年前には東京市内には新橋と上野浅草間に鉄道馬車が通じていたゞけで、ノロノロした痩馬のガタクリして行く馬車が非常なる危険として見られて「お婆アさん危いよ」という俗謡が流行った。電灯が試験的に点火されても一時間に十度も二十度も消えて・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ばアさん、泣きの涙かなんかでかあいい男を新橋まで送ったのは、今から思うと滑稽だが、かあいそうだ、それでなくてあの気の抜けたような樋口がますますぼんやりして青くなって、鸚鵡のかごといっしょに人車に乗って、あの薄ぎたない門を出てゆく後ろ姿は、ま・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困らしたの、電車の中に泥酔者が居て衆人を苦しめたの、真蔵に向て細君が、所天は寒むがり坊だから大徳で上等飛切の舶来のシャツを買って来たの、下町へ出るとどうしても思ったよりか余計にお金を使うだの、それ・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫