・・・これは新派の芝居のクライマックスによく利用せられていて、「ねえさん! 飲ませて! たのむわ!」 と、色男とわかれた若い芸者は、お酒のはいっているお茶碗を持って身悶えする。ねえさん芸者そうはさせじと、その茶碗を取り上げようと、これまた・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・けさの新聞に、新派の女形のそんな述懐が出ていたっけ、四十、か。もすこしのがまんだ。――などと、だんだん小説の筋書から、離れていって、おしまいには、自身の借金の勘定なんか、はじまって、とても俗になった。眠るどころでは、無い。目が、冴えてしまっ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・或いはまた、桃の花を一ぱいに染めてある寝巻の浴衣を着ていると、私は、ご難の楽屋で震えている新派の爺さん役者のようである。なっていないのである。けれども私は、与えられるものを黙って着ている主義であるから、内心少からず閉口していても、それを着て・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・があったが、これも前に一見した新派俳優のよりもはるかにおもしろく見られた。人間がやっていると思うと、どうしても感じる矛盾や不自然さが、人形だと、そう感じられない。あれで、もし背景などをもう少しくふうしてあれほど写実的にしなかったら、いっそう・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・こういう見方からすれば、芸術的な高級演劇がさっぱり商売にならないで芸術などは相手にしない演劇会社社長の打つ甘い新派劇などが満員をつづけるのが不思議でなくなるようである。 話は変わるが、日本では昔から「ものの哀れ」ということがいろいろな芸・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・もっとも新派劇は帰朝後三四遍見たが、けっして好じゃない。いつでも虚子に誘われて行くだけで、行ったあとでは大いに辟易するくらいである。○それで明治座へ行って、自分の枡へ這入ってみると、ただ四方八方ざわざわしていろいろな色彩が眼に映る感じが・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・――都会人の観賞し易い傾向の勝景――憎まれ口を云えば、幾らか新派劇的趣味を帯びた美観だ。小太郎ケ淵附近の楓の新緑を透かし輝いていた日光の澄明さ。 然し、塩原は人を飽きさす点で異常に成功している。どんな一寸した風変りな河原の石にも、箒川に・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫