・・・ 母と妹とは自分達夫婦と同棲するのが窮屈で、赤坂区新町に下宿屋を開業。それも表向ではなく、例の素人下宿。いやに気位を高くして、家が広いから、それにどうせ遊んでいる身体、若いものを世話してやるだけのこと、もっとも性の知れぬお方は御免被ると・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・上州の新町にて汽車を下り、藤岡より鬼石にかかり、渡良瀬川を渡りて秩父に入るの一路もまた小径にあらざれど、東京よりせんにはあまりに迂遠かるべし。我野、川越、熊谷、深谷、本庄、新町以上合せて六路の中、熊谷よりする路こそ大方は荒川に沿いたれば、我・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・青森の新町の北谷の書店の前で、高等学校の帽子をかぶっていたのへ、中学生がお辞儀した。あなたはやはり会釈を返したとき、こちらが知っているのに、むこうが知らないことはさびしいと思ったが、あなたに返礼されただけでそれでもいささか満足であった。僕は・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「おい車屋、長町の新町まで行くのだ。ナニ長町の新町といってはもう通じないようになったのか。それならば港町四丁目だ。相変らず狭い町で低い家だナア。」「アラ誰だと思うたらのぼさんかな。サアお上り、お労れつろ、もう病気はそのいにようおなり・・・ 正岡子規 「初夢」
支那や日本の絵にはよく竹が出てくる。絵の習い始めの人さえ描かせられるものだが、一般化しすぎているため却て本当の美しさがわからなかった。今住んでいる新町へ去年の五月見に来た時、彼方こっちにある竹やぶの中を歩き、こうまで美に溢・・・ 宮本百合子 「竹」
・・・中條百合子 富澤有為男様 侍史 一九二七年八月十九日〔京都市上京区小山堀池町一八 湯浅芳子宛 新町より〕 十九日午前十一時 もやあさん もう今頃は、万象館で、借浴衣におさまって居る時分でしょう・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・行くことは全く突然決ったので、駒沢新町の家も先日引上げた訳ですが、何もかも短日の中に決めたので多少あわただしい次第です。行く前に私は何も云い度くないのですが――一年半でも三年でも向へ行って帰って来てからなら、多少云い度いことも出来るでしょう・・・ 宮本百合子 「ロシヤに行く心」
・・・松井田より汽車に乗りて高崎に抵り、ここにて乗りかえて新町につき、人力車を雇いて本庄にゆけば、上野までの汽車みち、阻礙なしといえり。汽車は日に晒したるに人を載することありて、そのおりの暑さ堪えがたし、西国にてはさぞ甚しからん。このたびの如き変・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫